灯りのともる道

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灯りのともる道

「澤野さん、ちょっといいですか?」 昼休み、後輩の女性刑事が憂鬱そうに口を開く。 「あまり現実的な話ではないのですが」 ――ああ、あれか。 先日、大型マンションで起きた老女の孤独死。 連絡がつかないことを不審に思った訪問介護のスタッフが、布団に横たわったまま息絶えている状態を発見した。 今、巷ではこのマンションに関するオカルティックな噂が流れている。 一件目はあの「島田社長」のことであり、発見現場こそ会社の事務室であったものの、彼はここの十階に居を構えていた。 大学の構内で死んだ女子大生「林田あゆ子」は、両親と中学生の弟と共にこのマンションの五階に住み、彼女は三年前の殺人事件の被害者、小野朱莉(おのあかり)の元同級生で、彼女とは親友と言える間柄だった。 今回の老女を含め、死因は全員が急性心不全。 老女の場合、季節と、死後二日であったことがせめてもの救いだった。 死因自体には全く不審な点は無いのだが‥‥‥。 「従妹から相談されてしまいまして。彼女、林田あゆ子と同じ授業に出ていたんです。その上あのマンションに両親が住んでいて。死んだお年寄りの部屋は、三年前の被害者家族のすぐ隣だったし、やっぱり何かあるのかって。「島田社長」や「女性教諭」の件もあるし、怖くて実家に帰れないからなんとかしてくれって。事件の詳細を洩らすわけにはいかないし、それでも説得力のあることを言わないと毎日連絡してきそうで」 「う~ん。日にちも死んだ場所も違うし、元教師だけ偶然に死んだってだけなんだがなぁ」 「そうなんですけど、こういうケースって住んでる人とかはどうしても考えちゃいますよね」 おそらくはが、を欲しいのだろう。 「よし。今から言うのは俺のだから聞き流せよ」 澤野は念を押す。 「元教師とメタボな不動産屋はあの事件以来、ずっとマスコミに追い回されてた。それと近所の話じゃ人の噂しか楽しみがないような(ばあ)ちゃんが、健康な生活送ってたと思うか? 言い方は悪いが、どれもストレスや寿命だったと俺は思う。ただ」 「ただ?」 「もしかすると林田あゆ子だけは、小野朱莉が連れて行っちまったかもしれないなぁ」 女性刑事の顔が引き()った。 「澤野さん!」 近くでドカ弁をかき込んでいた新米(しんまい)が抗議する。 「すまん。あんまり真剣な顔してるもんでな。ちょっと言ってみたくなった」 「いいえ」 彼女は平静を装う。 「でも、多少は関係あるんじゃないですかね」 ドカ弁が話に加わった。 「まだまだ生きてるはずの知り合いが突然死んだら、身内じゃなくたってダメージ半端ないですよ。ましてや親友だったんでしょう?」 「そう。そうよね。そう伝えておきます。二人とも、ありがとうございました」 「いいえ」 「良かったな。堂々とそう言っとけ」 「はい」 ――幸せなやつだな。 心底ほっとしたようなその顔を見て、澤野は憂慮する。 こういう仕事をしていれば、の出来事にぶつかる事は多々あるものだ。 何より被害者や被疑者が自分とは無関係だから、幽霊を怖れたり人への対応に悩む余裕もあるわけで。 ――もう少しマシなことで悩んでくれよ。 同じ死因を手繰ってみれば、どこかで(つな)がっていた死者達。 「」が起き始めたのは、あの「青年」が死んでから。 ――かも、しれないんだよな。 澤野は苦く笑う。 青年は、あの家族のところに逝ったのだろうか。 そして、家族(かれら)と共にこれから‥‥‥ 澤野は苦く笑う。 ――慣れるか辞めるか。後輩(あいつ)これから悩むことになるかもな。 昼休みが終わった。 来年もまた、命日になったら今度は夜、あの灯りの道を歩いてみよう。 なぜかそう思い、澤野は机の書類に目をやった。                (終)
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