憧れの人達

1/1
前へ
/12ページ
次へ

憧れの人達

 腹を押さえ、(くずお)れかける膝を踏ん張り、奴を見つめた。 自分に刺さっているナイフが、まだ信じられなかった。 再び電気が点く。 奴は煙のように消えていた。 「思い出したかい?」 穏やかな男の人の声に、身体を捻じって振り返る。 彼らが変だった。 腕に、胸に背中に足に。 ぱっくりと開いた(きず)から、僕と同じようにじゅくじゅくと朱血(あけ)(にじ)み出している。 僕の腹に差し込まれたナイフ。 この絵面をどこかで見た気がする。 目の前が大きく傾き、僕は床に倒れた。 意識(あたま)に古びた「画」が流れ始める。 真っ暗なあの道。 追いかけてくるひったくり。 どうしよう。 「助けてください、助けてっ」 ──あなた達は急いでドアを開けてくれて。 命の恩人だったんだ。なのに……。 「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」 今更どうにもならないのに、涙が溢れて止まらない。 「もういいんだ」 僕の傍らに腰をおろし、『お父さん』が頭を撫でてくれる。 「ドアを開けたのは、俺達の判断だよ」 同じように腰をおろし、『お兄さん』が言った。 「ここに来る前、(このこ)(いじ)めにあっていたの」 娘を座らせながら、『お母さん』が言う。 「人をとても怖がるようになってしまって。ここに来て、やっと外に出られるようになったのよ」 「ここには、他人(ひと)の不幸を(のぞ)きにくる人が誰もいなかったから」 そう言った『娘さん』の目に「像」が映る。 (朱莉(あかり)さん!  逃げてちゃだめ。 一緒に学校に行きましょう?) 【あかり、ごめん。でも私、ずっと友達だからね】 (ねぇ小野(おの)さん。朱莉ちゃんどうかしたの? いえね、聞こえちゃったのよ、さっき担任の先生が大きな声で) 『朱莉』ちゃんは歯を噛みしめる。 「家までおんなじ人がいて、スーパーに行っても、病院に行っても、どこに行っても会っちゃうの」 ――朱莉ちゃんの目の景色は、たぶん。 お兄さんが朱莉ちゃんの肩を優しくたたく。 「マンションてさ、目の前の壁や床や天井にまで、他人がべったり張り付いて暮らしているんだぜ」 お父さんも頷いた。 「人は詰め込まれすぎるとやはり苦しくなるんだろうね。他所(よそ)の家の空気まで、吸いにくる奴らが出てくるんだよ」 ――心躍る「お祭り駅」には、表から決して見えない腐った魔物達が()んでいたんだ。 『朱莉ちゃん』が、僕の手を握る。 「ごめんね。夢、壊しちゃって。でもこれで」 「私達のために、戦おうとしてくれてありがとう」 お母さんが微笑む。 「嬉しかったよ。俺達かなり人間不信になっていたから」 お兄さんが()めてくれた。 「だからね」 お父さんが、僕を抱き起こす。 「そろそろ、私達に力を貸してくれないかな」 お兄さんが僕に手を差し出した。 「魔・物・退・治」 血にまみれた家族がにぃぃと笑う。 姿なんてどうでも良かった。 憧れていた、この家のみんなと。 一緒に居ていいの? 本当にあなた達と一緒にいられるの? もう独りじゃない。もう寂しくない。 傷も痛みも消えていた。 僕はお兄さんの手を取った。 僕の生涯で、一番しあわせな日だった。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

23人が本棚に入れています
本棚に追加