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憧れの人達
腹を押さえ、頽れかける膝を踏ん張り、奴を見つめた。
自分に刺さっているナイフが、まだ信じられなかった。
再び電気が点く。
奴は煙のように消えていた。
「思い出したかい?」
穏やかな男の人の声に、身体を捻じって振り返る。
彼らが変だった。
腕に、胸に背中に足に。
ぱっくりと開いた創から、僕と同じようにじゅくじゅくと朱血が滲み出している。
僕の腹に差し込まれたナイフ。
この絵面をどこかで見た気がする。
目の前が大きく傾き、僕は床に倒れた。
意識に古びた「画」が流れ始める。
真っ暗なあの道。
追いかけてくるひったくり。
どうしよう。
「助けてください、助けてっ」
──あなた達は急いでドアを開けてくれて。
命の恩人だったんだ。なのに……。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
今更どうにもならないのに、涙が溢れて止まらない。
「もういいんだ」
僕の傍らに腰をおろし、『お父さん』が頭を撫でてくれる。
「ドアを開けたのは、俺達の判断だよ」
同じように腰をおろし、『お兄さん』が言った。
「ここに来る前、娘は虐めにあっていたの」
娘を座らせながら、『お母さん』が言う。
「人をとても怖がるようになってしまって。ここに来て、やっと外に出られるようになったのよ」
「ここには、他人の不幸を覗きにくる人が誰もいなかったから」
そう言った『娘さん』の目に「像」が映る。
(朱莉さん! 逃げてちゃだめ。 一緒に学校に行きましょう?)
【あかり、ごめん。でも私、ずっと友達だからね】
(ねぇ小野さん。朱莉ちゃんどうかしたの? いえね、聞こえちゃったのよ、さっき担任の先生が大きな声で)
『朱莉』ちゃんは歯を噛みしめる。
「家までおんなじ人がいて、スーパーに行っても、病院に行っても、どこに行っても会っちゃうの」
――朱莉ちゃんの目の景色は、たぶん。
お兄さんが朱莉ちゃんの肩を優しくたたく。
「マンションてさ、目の前の壁や床や天井にまで、他人がべったり張り付いて暮らしているんだぜ」
お父さんも頷いた。
「人は詰め込まれすぎるとやはり苦しくなるんだろうね。他所の家の空気まで、吸いにくる奴らが出てくるんだよ」
――心躍る「お祭り駅」には、表から決して見えない腐った魔物達が棲んでいたんだ。
『朱莉ちゃん』が、僕の手を握る。
「ごめんね。夢、壊しちゃって。でもこれでおあいこ」
「私達のために、戦おうとしてくれてありがとう」
お母さんが微笑む。
「嬉しかったよ。俺達かなり人間不信になっていたから」
お兄さんが褒めてくれた。
「だからね」
お父さんが、僕を抱き起こす。
「そろそろ、私達に力を貸してくれないかな」
お兄さんが僕に手を差し出した。
「魔・物・退・治」
血にまみれた家族がにぃぃと笑う。
姿なんてどうでも良かった。
憧れていた、この家のみんなと。
一緒に居ていいの?
本当にあなた達と一緒にいられるの?
もう独りじゃない。もう寂しくない。
傷も痛みも消えていた。
僕はお兄さんの手を取った。
僕の生涯で、一番しあわせな日だった。
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