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澤野
「澤野刑事。島田不動産の社長さんからです」
後輩の女性が受話器を塞ぎ、気の毒そうに伝える。
「ありがとな」
澤野刑事は苦笑し、自分の机の電話を取った。
「お電話代わりました。澤野です」
『例の件ですがね』
――挨拶も無し。相変わらず中身までふてぶてしいおっさんだな。
『もう三年も経っとるんですよ。なのにこの時期になると未だにマスコミが来るんですわ』
「‥‥‥」
『あんたらにとっちゃどうでもいいことなんでしょうがね。そのせいで家族はおかしくなるわ人は寄り付かんわでこちとらずぅっと大変だったんですわ!
いいかげんあいつらに澤野さんがひとこと言ってくれりゃあ丸く収まるんじゃないですかね。 花やらタバコやら勝手にうちの土地に置いてく連中も少しは減ると思うんですわ』
「島田さん、前にも申し上げたと思うのですが、そういう事でしたら直接出版社か弁護士に仰った方が」
『埒が明かんからこうして警察にお願いしてるんだっ‼』
島田が声を荒らげる。
『毎年毎年忘れかけるたんびに噂がぶり返すんでこっちは大迷惑なんだってあんたら本当に分かってます? 私らも被害者なんですよっ』
「……わかりました。善処します」
舌打ちする音が聞こえた。
『頼みましたよ。今の話全部録らせていただきましたんで。もしちゃんと対処していただけないんなら、出すとこに出す覚悟ですわ』
電話が切れた。
──本末転倒だな。
澤野は立ち上がった。
三年前の今日、島田不動産が扱う戸建て住宅で、一家強盗殺傷事件が発生した。
当時建てられていた住宅の現場には、家族のほかに一人の青年が重症を負って倒れており、警察はこの青年が事件に巻き込まれた可能性と同時に、彼の犯行の線も視野に入れて捜査した。
この家の家族と、青年の腹部に刺さっていたナイフによる傷痕。
ナイフの柄と、周囲に付着した指紋の照合。
その結果、この事件が現場近くに住んでいた別の男の犯行であることが判明した。
更に青年の傷痕の位置や形から、彼が犯人に立ち向かったことも立証されたのである。
「刃物ってのはすぐ引かないと筋肉の硬直で抜けなくなるんですよ。犯人の奴、華奢な彼を見くびって、顔を見られた他の家族を滅多刺しにした後、最後に思いっきり刺したんでしょう。それが自分の首を絞めることになるとも知らずに」
現場の真相を知るただ一人の青年は現在も昏睡状態であり、彼は三年前、例の島田不動産に勤めていた。
犯人は帰宅途中であったこの青年を最初に襲い、青年が救助を求め、現場となった住宅に避難したところにこの悲劇は起こった。
彼の深夜帰宅が果たして勤務形態として正当なものであったのかどうか、ある出版業者が島田不動産を追及する。
すると尋ねられた従業員のほぼ全員が、島田社長に対する溜まりに溜まった鬱憤を渡りに船とばかりにぶちまけた。
「サービス残業なんてしょっちゅうでしたよ」
「典型的なパワハラ上司でした」
「理不尽なことでしょっちゅう怒鳴られました」
「優しくておとなしい青年をターゲットにしていたと思います」
島田不動産は働き手と信頼を一度に失い、マスコミの対応に疲れ果てた夫人は子供を連れて実家に帰ってしまった。
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