ハミングバード

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なずなに手紙は届いているだろうか。あれからあの鳥は来ない。届いている事を願いながら、車のキーを握り部屋を後にした。ドキドキしながら、ハンドルを握っていた。通り過ぎていく風景を横目に、脳内には大好きな歌声がリピートされる。なずなは会いに来てくれるだろうか。連絡が来なくなった時点で、諦めれば良かったのかもしれないが、やっぱり直接会って自分の気持ちを告げたい。そうじゃないと諦められない。 駐車場に車を停め、ドアを開けた。 夏の夜風に混じって、潮の香りが鼻に抜ける。 懐かしい匂いも一緒に感じる。2人でよく来ていた海。 砂浜をギュッと踏むと、そのザラ付きが胸の奥に不安を落とした。なずなが来なかったら、この恋を諦めないといけないのか。 だんだんと空が暗くなっていき、金平糖みたいな星がキラキラと顔を出してきた。今日は七夕だ。星に願いを込めたら願いが届くだろうか。僕は手のひらを組み、星空を見上げ目を瞑って祈った。 なずなが来てくれますように——。 ザッ、ザッ、 砂を踏む音が聞こえる。 なずなの歌が夜風に乗って聞こえてくる。 「なずな?」 振り返るとなずなが立っていた。近くにはあの青い鳥が飛んでさえずりを響かせていた。久しぶりに見た彼女は頬がこけ、少し痩せている様に見えた。引きつった笑顔をしている。きっと元気がないんだ。僕は彼女へ歩み寄った。 「来てくれてありがとう」 彼女は目を細めながら笑い、頷いている。何か様子がおかしい。彼女が指を差す方に、2人で腰を下ろした。彼女は何も言わず、遠くを見る様な瞳で星を眺めている。 「どうしたの?何かあった?」 彼女の肩に止まった鳥が僕を見て話した。 〝コエガデナイ〟 「え?」 〝ビョウキデ、デナクナッタ〟 「え?う、嘘だよね?」 彼女は首を左右に振る。その目から零れ落ちた涙が、砂浜に染み込んでいく。ポタリ、ポタリと。 なずなの声が出なくなった?病気で?そんな事って……。 「だから、連絡出来なかったの?」 彼女は、数回頷く。また鳥が口を開く。 〝ワカレヨッカ?〟 「え?」 〝コンナワタシ、オニモツニナルダケ〟 僕の方を振り向いた彼女の顔は、夜空に溶けそうなぐらい悲しみを帯びている。そんな悲しい事言わないで。 僕は細くなった体を抱き寄せた。 「なずなが辛い時に、側に居られなくてごめん。これからは僕がなずなを支える。お荷物なんかじゃないよ」 彼女の肩は小刻みに震えている。その肩をもっと強く抱き締める。 「なずなが好きだ。結婚しよう」 ずっと言いたかった言葉。ようやく言えた。僕は彼女の顔を見つめて返事を待った。目を見開いてびっくりしている。でも次の瞬間、柔らかな笑顔が咲き、口でサインを送ってくれた。 〝すき〟 僕は星に願いを込めて、彼女にキスをした。 僕の声が出なくなってもいい。その代わりに僕の声を彼女にあげて下さい——。 隣ではハミングバードがさえずりを響かせていた。星空へ飛び上がり、羽から溢れ出した金粉が僕たちを包み込んだ。 彼女の歌声がまた聴きたい。 お願いだから、戻ってきてくれ。 「りゅ……りゅう、せ、い?」 「なずな?」 「あー、あー、声、戻ったみたい!」 「ほ、本当に?良かった……」 僕はまた、彼女を抱き締めた。なずなの声が戻った!本当に良かった!星に願いが届いたんだ。 星空を飛んでいたハミングバードは、僕たちの周りを数回飛び回るとまた高く登っていき、パンッ!と弾けて小さな花火みたいに煌めいて消えていった。 「ありがとう。青い鳥」 「ありがとう。ハミングバード」 「流星、ちゃんと口で返事したいから……さっきの言葉また言ってもらってもいい?」 「うん、いいよ」 僕たちは煌めく星空の下、永遠の愛を誓い合った。彼女の歌声が海風に乗って、僕の耳元へスーッと落ちる。やっぱり大好きな声だ。僕に彩りをくれる、小鳥のさえずりの様な音色。そして、耳に残ったのは……愛の幸せの余韻。 ハミングバードのおかげで、僕たちはまた繋がる事が出来た。 〝ハミングバード〟 それは、愛と美と幸せのシンボル。 end
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