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私たちは遠距離恋愛になってからも、上手くいっていた様に思う。路上ライブとライブハウス、アルバイトの合間での流星との連絡は幸せの時間だった。会いたくて、会いたくて仕方なかったけど、多忙の毎日でそんな事考えている暇すらなかった。目まぐるしく毎日が過ぎ、夢を追いかけるのに必死だった。
「歌って」
「え?今から?」
「うん、なずなの歌声聴きたい」
「しょうがないな」
私は流星からのリクエストで、電話越しに歌を歌ってあげた。彼の前だと、上手くメロディーを響かせられる気がする。そして、いつも大好きだって褒めてくれるから自信が持てた。
もうすぐ夏が来る。そして、上京して半年が経とうとしていた。いつもの様に路上ライブをしていると、私の歌声を聴いていたスーツ姿の男の人が名刺を差し出してきた。
「君の歌声は鳥のさえずりみたいで、美しい余韻を残す。一度、話を聞きたいから連絡を下さい」
レコード会社の人だった。びっくりして開いた口が塞がらず、その場に立ち尽くしていた。
やったー!チャンスだ!彼に早く話したい。その日の夜、同じ夢を追いかけている奈緒ちゃんにその事を話した。すると、返ってきたのは意外な言葉だった。
「私の方が上手で、私の方が頑張ってるのに。どうして?おかしいよ。あんたの歌声、私は嫌い」
ショックだった。一緒に頑張っていると思っていたのに。私の歌声は下手で嫌いだなんて。そんな風に思っていたなんて……知らなかった。
孤独な部屋に帰ると、ソファーに身を投げ出した。一緒に夢を追いかけていた奈緒ちゃんの言葉が、胸をズタズタに切り刻んでいく。私なんて歌ってはいけないのかもしれない。こんな下手くそで努力もしていない私なんて。流星に連絡したかったけど出来ずにいた。こんな自分なんて見せたくない。私は貰った名刺を破って捨てた。
次の日、何故か声が出なくなっていた。パクパク開けて出そうとしても出ない。風邪を引いただけだろうか。怖い。私はすぐに病院へ向かった。
〝心因性失声(しんいんせいしっせい)〟と診断された。
喉や声帯など発声にかかわる部分を検査しても、何の異常も認められないのに声が出なくなるもの。心理的な原因による心の病気の一つ。
全く声が出ない。奈緒ちゃんに言われた言葉が、精神的に私を苦しめたのだろうか。1人で上京してきて、不安の中一生懸命頑張ってきたのに……それがストレスになっていたのだろうか。流星にも会えてなかったし。
声が出ないなんて、歌手の選手生命を奪われたようなもんだ。何、これ?酷すぎない?神様ってどうしてこんなにも意地悪なのだろうか。
生温かい雫が絶え間なく頬を滑り落ちても……声は、泣き声は、誰にも届かない。
抜ける様なスカイブルーを見つめた。流星に会いたい。でも、こんな情けない姿なんて見せられない。それから私は、彼との連絡を一斎遮断した。
アルバイトも辞め、ずっと家に引きこもっていた。毎日、声を出そうとしてもやっぱり出ない。ベッドの上で座りながら窓の外を眺めていた時、水色の空に藍色の何かが横切ったのが見えた。何だろう、鳥?
私は急いでベッドから降り、窓辺へ寄り窓を開けた。
青い鳥。ハチドリだ。またの名を〝ハミングバード〟。
どうしてこんな所に?彩りが美しくて見惚れてしまった。
声が出なくなっちゃったんだ、どうしたらいいかな?
そのハミングバードはさえずりを聴かせてくれた。私はそれに合わせて、心の中で歌声を響かせた。やっぱり歌う事が好き。歌う事を辞めたくないと強く思う。
するとハミングバードは、私の歌声をリピートする様に響かせて歌ってくれた。
涙が溢れた。もう歌えない私をこの子が歌ってくれている。遠い彼にこの音色を届けてほしい、私はそう思って窓を開け、青い羽を見送った。
ハミングバードは何日かおきにうちに来ては、歌声をリピートしてまた飛び立って行った。彼にちゃんと届いているだろうか。きっと、連絡をしていないから心配をしているに違いない。私は頑張って歌っているよ!って伝えたいし、彼にだけは私の歌声を聴いてもらいたい。嘘になってしまうけれど。
ある日、ハミングバードが足に何かの紙切れを結び付けて帰ってきた。細長く畳まれた紙切れを開き、中身を見た。
〝なずな、元気にしてる?歌声を届けてくれてありがとう。なずなが夢に向かって頑張ってるんだって思うと、僕も頑張れるよ。やっぱり、なずなに会いたい。だめかな?7月7日、19時、一緒に星を見ないか?2人の思い出の海で待ってる。来なかったらもう諦めるから。
流星〟
流星からの手紙だった。やっぱり、私の歌声は彼に届いていたんだ。嬉しくてまた涙が溢れ出した。私も流星に会いたい。でも、声を失った私を見たらどう思うだろうか。彼が大好きだって言ってくれた音色を奏でる事が出来ない私を。こんな状態で会っても、会話なんてできないじゃんか。私は、その小さな紙切れを胸の前で握りしめた。
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