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「やっと、落ち着いたかな」 怒濤のような忙しさで、晩餐会の給仕が何とか終わった。 招待された貴族達は食事を終えると、隣のダンスホールで音楽に合わせて踊ったり、夜の庭園に出て歓談するなど、自由に楽しみだした。 「ありがとう、シュンスケさん。あなたも招待客なのに、良かったの?」 大広間で銀食器を片付けながら、リディルが訊いた。 ユリウスにも同じ事を言われたが、給仕を願い出たのは、俊輔の方だ。 「いえ…。俺は貴族じゃないし、こういう場って慣れて無いから、大丈夫です」 まだこうして、動いている方が楽だとすら思う。 ダンスホールではオルデールが女性達に囲まれ、得意げにしていた。 ノアは、式の時に被っていた帽子を外した代わりに、額と頭部を飾る髪飾りを付けて、アリシアや友人達と楽しそうに話している。 俊輔の姿を見付け、二人が手を振ってくれた。 笑顔で手を振り返すと、庭園の方で、ワアッ!と、一際大きな歓声が上がった。 見た所、武官達の集まりの様だ。 その中心にいる、見事な体格の女性二人に見覚えがあった。 「リディルさん。庭園にいる人って…」 リディルも、ひょいと覗き込んで、あら。と声を上げた。 「将軍達だわ。短い黒髪の方が准将のフィクス・レイン将軍で、ワイン樽(中身入り)でお手玉をしているのが、少将のアルディナ・ヴィンセット将軍ね」 ー思い出した。 中央兵宿舎の広場で、ユリウスと居た内の二人だ。 「レメディ・グラシアル総帥と、ミュレイ・ネヴェル大将のお姿は…。見えないけど」 「あの人達が、五将だったのか」 教えてくれたリディルに礼を言い、俊輔は手早く残りの食器を片付けると、キッチンへと向かった。 その頃ユリウスは、直属の配下である、テオドール・ファランの報告を密かに受け、自身の祝いの席でありながら、盛大に渋面を作っていた。 「なぜ、レメディ殿とミュレイ殿が、シュンスケを?」 「そこまでは…。ですが、こそこそしながら、モリヤを探しておられるご様子でした」 青みがかった黒髪を持つテオドール・ファランは、腕を組んで唸っている、美しい主を見た。 「あの二人が組むなんて、嫌な予感しかしない。探して来る」 マントを優雅に翻し、ユリウスはダンスホールを後にした。 大広間を抜けて、キッチンへ向かう長く広い廊下には、窓辺に布張りの長椅子が用意されてある。 そこで何人かの招待客が腰掛け、飲み物を片手に、歓談していた。 「おぉ~い。そこの、いいマッスルをしたメイドさ~ん」 廊下を通り過ぎようとしていた俊輔は、長椅子に座っている二人に呼び止められた。 「あ、はい」 飲み物の催促だろうか。と、食器を置いたワゴンを脇に寄せ、二人の前に向かう。 ( あれ?どっかで見たような ) 二人は、ニコニコと破顔しながら手招きしている。 もうかなり出来上がっているらしく、顔を赤く染めて、朗らかな様子だ。 近付くと、座る二人のマントの隙間から立派な剣の柄が覗き見え、ギョッとした。 ( この人達…。あの時の ) 五将だ。それも、総帥と大将。 慌てて、二人の前で跪く。 「あらぁ!この前見た時より、更にマッスルが育っているじゃないの~!ユリウスと、毎日ちゃ~んと、鍛練しているのね?」 「は、はい」 緩くウェーブがかかった、金色の髪を持つ筋肉質な女性に、緊張しながら答えた。 身に付けた勲章から、こちらが大将のネヴェルだと悟る。 「まあまあ。今日は無礼講だから、そう堅くならずに~」 焔を思わせる紅の髪に、惚れ惚れする位体格の良い女性は、俊輔の肩をズシンと叩いた。 「はあ…。無礼講って、晩餐会の席でも使う言葉でした、…っけ!?」 そのままムンズと掴まれ、二人の間に、軽々と投げ込まれる。 俊輔は長椅子の上で、マッチョにミッチリ挟まれ、身動きが取れない。 「あ、あのっ」 「その身体、普通のメイドとして使うには勿体無い。…軍に、入る気はないかね?」 耳許で低く囁かれ、はっと目を見開く。 「君には、ある特殊な任務について欲しいんだ」 レメディの黒い瞳が、真っ直ぐに俊輔を射抜いている。 彼は瞬きもせずに、レメディの視線を正面から受け止めた。 「モリヤ君を見て、さっき閃いたのよねぇ。…あら、本日の主役が登場したわ」 ミュレイの視線を辿ると、ユリウスがこちらに向けて、早足で近付いて来る所だった。 「任務がどうとか、聞こえましたが」 詰問する声音に、レメディは苦笑を浮かべた。 「…そう怖い顔をするな。何も、取って食う訳じゃない」 「先に、私に話していただかないと困ります」 「だって先に話したら、モリヤ君に、うんとは言わせないでしょ~」 ミュレイの尤もな言葉に、ユリウスはぐっと口唇を引き結んだ。 「可愛い子は、千尋の谷底に突き落とせ。という諺があるだろう。そう心配するな」 「レメディ殿、そんな諺はありません。彼を、どうする気です」 「君の主は、過保護だね」 レメディは俊輔に、肩を竦めてみせた。 「グラシアル総帥閣下」 二人の間からごそごそと抜け出し、もう一度、跪く。 「先程のお話、謹んで、お受け致します」 傍らに立つユリウスが、息を呑むのが分かった。 「…シュンスケ。分かっているのか?この人達は任務として、まだ兵士ですら無いお前を、戦場に送り出そうとしているんだぞ」 諭そうとする声音が、強張っている。 「はい…」 「何かあったらどうする。お前は、いつか元の世界に帰るんだろう」 立ち上がり、ユリウスの方に向き直る。 「ユリウスさん、ごめんなさい。俺、ちゃんと理解出来ていません。軍に入って戦うのがどういう事かとか、自分が死ぬかも知れない、とか」 金の双眸が、眉根を寄せたユリウスを、真摯に見つめた。 「だけどずっと、考えていたんです。もっと役に立ちたいって。お世話になった人達や、俺を呼んだ、この国の為に」 「シュンスケ…」 いつになく、真剣な眼差しを受けた彼女は戸惑い、受け止めきれずに、顔を逸らせてしまう。 「やっと自分に、出来るかも知れない事が、見付かった気がするんです」 以前ユリウスに、逃げずに自分に何が出来るのか探せ。と言われた。 選んだ選択が正しいのか、間違っているのか、何一つ見通せなくても、大きな目標を見付けた気がするのだ。 「それに俺は、自分がこの世界に転生した理由を知りたい。安全を取って逃げていては、ずっと、分からないままです」 ユリウスは難しい顔で黙っていたが、やがて大きく、息を吐いた。 「…分かった」 向かい合った二人は共に、覚悟を決めた表情をしていた。 「私も、協力すると言ったしな。ただし、無茶はするなよ。いいな」 念押しする彼女に、深く頭を下げる。 「はいっ!ありがとうございます」 二人のやり取りを見守っていたミュレイは、感激した様子で拍手を送った。 「ああ、いいわぁ~っ!可愛い子が成長して巣立つ姿は、見ていて感動するわよねぇ」 レメディは立ち上がり、靴音を廊下に響かせながら、大きく縦長に切り取られた窓の側に立った。 「久し振りに、大きな戦いが始まるな」 「ウフフッ…。ドキドキしちゃう」 レメディもミュレイも、身体の奥底から湧き昇って来る獰猛さを抑えきれずに、口元を歪めて笑っている。 俊輔は、窓から覗く夜空を見上げた。 漆黒の夜空に、数多の星が強く、瞬いていた。 ② へ続く
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