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18.
屋敷の裏口前で門扉を開けようとして躊躇い、何度目かでやっと、押し開けた。
もうすぐ、日が暮れようとしている。
はるか真上を流れる雲が、薄く茜色に染まっていた。
「あっ!シュンスケさん」
井戸端で水を出していたメイドが、俊輔を見付けて声を上げた。
キッチンの裏口から声を聞きつけたリディルと他のメイド達が、慌てて出てきた。
「た、ただいま戻りました」
リディルは無事な彼の姿を確認し、ほっとした表情を浮かべた。
「シュンスケさん、良かった。遅いから、道に迷ったのかと…。ユリウス様は、ダイニングにいらっしゃるわ」
心配掛けた事を謝り、屋敷に入る。
ユリウスはいつもの質素な服に着替え、書類に目を通していた。
入室した俊輔に気付き、書類を揃えてテーブルに置いた。
「遅かったな。いきなりいなくなるから、心配したぞ」
「すみません…」
説明もなく逃げ出した事を謝る。椅子に深く凭れ、ユリウスはため息を吐いた。
「オルデールの言った事は、気にするな。昔から、ああいう奴なんだ。思ったことを悪気なく口にするから、こちらが腹を立てるだけ無駄だ」
あの後、彼女から事の顛末を聞き出したのだろう。
道すがら自分なりに考え抜いた提案を、勇気を振り絞って言ってみた。
「ユリウスさ…、ユリウス様。俺を、キルシュタイン家の客人としてでは無く、使用人として、ここに置いてくれませんか」
ユリウスは細い顎を上げ、彼を見た。
「だから、その…。食事も、リディルさん達と向こうの部屋で、食べますから」
この屋敷の使用人達が、キッチンの横にある小部屋で食事をしているのは知っている。
こんな綺麗なテーブルで、貴族の当主と食事を共にするなんて、相応しくない気がした。
「それは駄目だ」
ピシャリと厳しく否定され、俊輔は身体を硬直させた。
呆れた顔で、腕を組む。
「何を言い出すのかと思えば…。お前はまだ、子供だろう。余計な事は考えなくていい」
「でも」
「早く食事をとりなさい。朝に食べたきりだろう」
「……」
上手く、自分の想いを伝える事が出来ない。
ーどう言えば、解って貰えるのだろう。
席に着いたものの、押し黙ってしまった。
リディルは、気まずい沈黙が降りた二人を心配しながら、食事を運んでいる。
他のメイド達もキッチンから、ハラハラと固唾を飲んで見守っていた。
食事は、ほとんど喉を通らなかった。
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