18.

1/1
前へ
/26ページ
次へ

18.

屋敷の裏口前で門扉を開けようとして躊躇い、何度目かでやっと、押し開けた。 もうすぐ、日が暮れようとしている。 はるか真上を流れる雲が、薄く茜色に染まっていた。 「あっ!シュンスケさん」 井戸端で水を出していたメイドが、俊輔を見付けて声を上げた。 キッチンの裏口から声を聞きつけたリディルと他のメイド達が、慌てて出てきた。 「た、ただいま戻りました」 リディルは無事な彼の姿を確認し、ほっとした表情を浮かべた。 「シュンスケさん、良かった。遅いから、道に迷ったのかと…。ユリウス様は、ダイニングにいらっしゃるわ」 心配掛けた事を謝り、屋敷に入る。 ユリウスはいつもの質素な服に着替え、書類に目を通していた。 入室した俊輔に気付き、書類を揃えてテーブルに置いた。 「遅かったな。いきなりいなくなるから、心配したぞ」 「すみません…」 説明もなく逃げ出した事を謝る。椅子に深く凭れ、ユリウスはため息を吐いた。 「オルデールの言った事は、気にするな。昔から、ああいう奴なんだ。思ったことを悪気なく口にするから、こちらが腹を立てるだけ無駄だ」 あの後、彼女から事の顛末を聞き出したのだろう。 道すがら自分なりに考え抜いた提案を、勇気を振り絞って言ってみた。 「ユリウスさ…、ユリウス様。俺を、キルシュタイン家の客人としてでは無く、使用人として、ここに置いてくれませんか」 ユリウスは細い顎を上げ、彼を見た。 「だから、その…。食事も、リディルさん達と向こうの部屋で、食べますから」 この屋敷の使用人達が、キッチンの横にある小部屋で食事をしているのは知っている。 こんな綺麗なテーブルで、貴族の当主と食事を共にするなんて、相応しくない気がした。 「それは駄目だ」 ピシャリと厳しく否定され、俊輔は身体を硬直させた。 呆れた顔で、腕を組む。 「何を言い出すのかと思えば…。お前はまだ、子供だろう。余計な事は考えなくていい」 「でも」 「早く食事をとりなさい。朝に食べたきりだろう」 「……」 上手く、自分の想いを伝える事が出来ない。 ーどう言えば、解って貰えるのだろう。 席に着いたものの、押し黙ってしまった。 リディルは、気まずい沈黙が降りた二人を心配しながら、食事を運んでいる。 他のメイド達もキッチンから、ハラハラと固唾を飲んで見守っていた。 食事は、ほとんど喉を通らなかった。
/26ページ

最初のコメントを投稿しよう!

76人が本棚に入れています
本棚に追加