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20.
いつも通りユリウスに叩き起こされて厳しい鍛練を終え、屋敷の雑用を手伝っていた俊輔の耳に、馬の嘶きと、馬車の車輪の音が近付いて来るのが聞こえた。
「シュンスケ。こっちだ」
ユリウスに呼ばれて、エントランスへ向かう。
玄関の扉は開け放たれており、ポーチを過ぎて階段を上ってくる人物を見付け、驚いた。
「ノアさん。…オルデールさんも」
ノアに連れられ、オルデールもおずおずと、屋敷に入って来た。
彼女は、深紅のこれまたド派手な上着に、首元にたっぷりとしたフリルが付いたシャツを、素晴らしく着こなしていた。
しかし、昨日の傍若無人な態度と打って変わって、どこか覇気の無い顔をしている。
ノアに促され、俊輔の前に立った。
暫く黙ったまま俯いていたが、やがて、毅然と顔を上げた。
「昨日は、すまなかった。君の事…悪く言い過ぎた」
「えっ」
謝られるとは思ってもみなかったので、つい声が出てしまった。
「あの後、ユリウスとノアに、凄い怒られちゃったよ…」
しょんぼりとしたオルデールが、何だか可愛らしく見える。
多分、彼女は怒られる事に、慣れていないのだろう。
「オルデールさん」
すっかりオーラが削げ落ちたオルデールに、頭を下げた。
「こちらこそ、いきなり腕、強く掴んじゃって、ごめんなさい」
彼女の、息を呑む音が聞こえた。
「オルデールさんに言われた事は、全部本当の事です。俺が勝手に劣等感抱えて悩みにして、勝手に、傷付いただけなんです」
「君…」
虚をつかれた顔で、彼女は何度か瞬いた。
二人の様子を見ていたユリウスは、
「わざわざ謝りに来た奴に、何でシュンスケの方が謝っているんだ」
と、呆れていた。
「君も、相当変わってるね」
オルデールは微笑み、照れて頬を掻いている俊輔に、掌を差し出した。
「シュンスケ。私と、友達になってくれる?」
しっかりと握手を交わし、彼もまた、笑顔で頷く。
「はい!よろしくお願いします。オルデールさんは、ユリウスさんとノアさんの、友達だったんですね」
「ノアと、幼なじみなんだ。私は武官だけど、家業の関係で、ノアの親と昔から親交があってね」
オルデールは佩刀していないし、軍人には見えなかったので、ユリウスと同じ武官と聞き、意外に感じた。
「シュンスケさん」
一区切りついたのを見計らい、ノアは穏やかな表情を俊輔に向けた。
「ユリウス様との結婚の事、オルデールが色々言ったみたいだけど…。実は彼女なりに、心配してくれていたのよ」
社交的なオルデールは、二人の結婚に対する、嫉妬混じりの陰口を耳にする機会が多く、うんざりしていた。
周りの反感を買ってまで結婚に踏み切り、式が決まっても叩かれ続けている状況を、危ぶんでいたそうだ。
「そう、だったんだ…」
彼女の見た目や雰囲気から勝手に、悪い方に捉えていたみたいだ。
「オルデールさんは、ユリウスさんとノアさんの事、大好きなのに」
「っ!?」
申し訳なさそうな俊輔の言葉に、オルデールの美貌が引き攣った。
「変な誤解をして、すみませ…」
「ちょっ…!おい、ユリウス!シュンスケの言ってる事、真に受けるなよ!?ノアの事は大好きだけど、お前の事が好きだってのは、誤解なんだからな!?」
「…え?」
ポカンとする俊輔と、真っ赤な顔で否定し、狼狽えるオルデールを見比べ、エントランスにユリウスとノアの、大きな笑い声が響いた。
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