地下街、25時。

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取材相手に不快感を与えない程度に自由な服装で働くことを許されている社風にも関わらず、2カ月前に中途入社してきた野中修はビジネススーツでの出勤に拘っている。 『ねぇ絵美、彼…野中くんてどうしていつもスーツだと思う?』 「んー…楽だからじゃない?スーツだと何も考えなくてもそれなりに見えるし。四季ちゃんスーツ嫌いなの?」 『ううん、好き。最高。身体に合ってればね。野中くんは…サイズが少し大きい?』 「うん、確かに。でも可愛いよね。マダム担当にしたらいいネタ拾ってきそうだと思わない?」 『確かに。野中くんっていくつだった?』 「今年23だって」 『え?てことはまだ22?転職早っ』 「ね。でもね、大学の時から△△NEWSでバイトしてたらしくて、そのまま社員になったって。そしたらかなりブラックだったみたいよ。そうだ、四季ちゃんがスーツ見立ててあげたら?四季ちゃんいつも素敵なパンツスタイルしてるし、得意そう」 お喋りに花を咲かせながらもキーボードの上で指を絶え間なく動かす。取材しては記事を書き、足りなければ追加取材して原稿をまとめる。常に頭の中ではパンチのあるフレーズを考え、街へ出ればネタを取りこぼさないようにアンテナを張り巡らせている。暇はない。というよりも、趣味の延長のようなこの仕事が、私は好きだ。 「聞こえちゃいましたー!四季さんが僕のスーツ選んでくれるんですか?ぜひ、よろしくお願いします!」 椅子ごとくるりと私たちの方へ振り返った野中修は、餌を与えられる前の仔犬のように目を輝かせ、愛嬌のある笑顔を振りまいてきた。 『選びません。そんなのプロに相談したらいいじゃない。私、メンズのサイズとかよく分からないから』 「またそんな事言って。四季さんの書いた”美しき地下街の男たち”の中にたっくさんスーツの男が出てきてましたよ。表現だってこう…妄想を加速させるような艶っぽさがあって、あの記事最高です!」 『ありがとう。でも、そんなに褒めても選ばないからね。ほら、お喋りしてないで手を動かす』 「あ、すいません。でもあの…スーツはいいんですけど、ちょっとお二人に相談がありまして。今夜とか少しお時間もらえませんか?」   「私は大丈夫だけど…四季ちゃんどう?」 『22時集合、23時解散でいい?』 「もちろんです!ありがとうございます!僕、店押さえておきます」 振り返った時と同じような満面の笑みを浮かべた野中修は、その表情のままくるりと背を向けた。手にはスマホが握られ、さっそく店をリサーチしているようだった。 私たちだってそんなにキャリアがあるわけじゃないのに、仕事のことなのか、プライベートのことなのか、相談事とは一体何だろう? 『なんか、懐かれちゃってるね私たち』 「私たちっていうより、四季ちゃんに懐いてる感じだと思うよ。野中くんってMっぽいじゃない?だから四季ちゃんのちょっとツンとした感じがツボなのかも」 『その評価、喜んでいいの?まぁいいわ、私一時間きっかりで帰るから絵美もそのつもりでいてね』 「週末だもんね。デート?」 『それだったらいいけど。ちょっと調べたいことがあって』 「そんな時間から?もぉ〜仕事の鬼」 『なに言ってるの。絵美だってそうでしょ』 グルメやヘルス系を担当する絵美は、取材したらそれを必ず実践している。そのおかげか、料理はプロ級の腕前だし、思わず触りたくなるようなマシュマロボディーの持ち主だ。私がパンツスタイル一辺倒だとすると、彼女は王道のモテコーデを好む。今日もカーディガンを肩から羽織り、ふんわりとしたスカートを揺らしている。 正反対に見える私たちだけど、仕事に対する姿勢が似ているせいか、不思議と入社当時から気が合っていた。
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