地下街、25時。

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どこかの本好きが世界中を旅しながら手に入れたという図書が所狭しと並んでいる私設図書館。もともと倉庫として使っていたらしいけど、いつの間にか噂となり、今は持ち出し禁止の図書館としてひっそりと営業している。 “私設”というだけあって、様々な欲を満たすためのものや、目を背けたくなるものなど、陳列されている図書はかなりのイロモノ揃い。だけど洋書や五感を刺激される写真集なんかも多く、訪れる人々はどこかクセがありそうな者たちばかり。 入口すぐ横にスタッフ用のカウンターがあり、通路は7つ。ところどころに椅子が置かれ、読書できるようになっている。1番奥には”staff only”と書かれた扉がある。 私は静かに足を踏み入れ、ゆっくりと本棚を物色した。絵美たちに説明したように、調べ物があるわけじゃない。ただ、こうしてアートのような書籍に触れていると、良いフレーズがポンッと降りてくることが多い。定期的に訪れたくなるのだ。 週末の23時半。思いのほか客がいた。男性が1人に、私以外に女性が5人。全ての通路に誰かしら佇んでいる状態だ。気になる本を引っ張りだして、奥に設置されている椅子に向かう。 その途中、ふと視線を上げた先に奇妙な光景を見た。”staff only”と書かれている扉が開いていて、カフェのように暖簾がかけられていたのだ。この怪しげな雰囲気も相まって、それはまるで遠い昔のレンタルビデオ店でよくみられたアダルトコーナーの入口のよう。 これまで何度もここに通ったけれど、初めて見たその光景に、私は強く興味をそそられた。一歩、二歩と近づき、中の様子を伺うように顔を近づけた。中を確認するよりも先に目についたのは、入口横の壁に貼られた小さなポストイット。黒い文字で小さく何か書かれている。 『……大人のための……お話会…?』 唇だけで文字をなぞる。よく見ると、日付けと時間も記載してあるようだった。その日時は、今から25分後を記していた。夜中24時スタートの朗読会だなんて。 「すみません、いいですか?」 背後からやってきた女性が私の横をすり抜け、慣れたように暖簾の中へ入っていった。様子を伺っていると、また1人、また1人と中に吸い込まれていく。驚くことに、さきほど店内にいた女性5人全員が同じ暖簾をくぐっていったのだ。 なんだろう、これは。面白いネタになるかも。やっぱり地下街は秘密が渦巻いている。自然と口角が上がっていく。 参加してみよう。手に持っていた本を戻そうと振り返った時、目の前にいきなり壁が現れた。それは人だった。 「何やってるの?」 吐息で髪が揺れるほど近く、静かな声で問いかけられた。
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