3666人が本棚に入れています
本棚に追加
声の主は、ここのスタッフの佐藤斗喜だった。ここが開いている時は常駐しているというが、それ以外の素性は不明。ただ、驚くほど立ち振る舞いはスマートで、そして何よりも眉目秀麗な男だ。
『なんだ斗喜さんか…びっくりしました』
「いつ来たの?それに週末のこんな時間に…初めてじゃない?」
『そうですね、何か来たくなっちゃって』
「そう。今日はそれ読むの?」そう言うと斗喜は視線を四季の手元に下げた。
180㎝近くあるだろう斗喜から見下ろされると、なかなかの迫力がある。クールな瞳というのか、見つめられただけで堕ちる女性は多いはず。
『読もうと思ったんですけど、これ、気になっちゃって。何ですか?大人のためのお話会って。今までやってましたっけ?私が知らなかっただけ?』
「あぁ…これね…いや、今日はこれやらないんだ」
『え?でも女性たちが何人も入っていきましたけど』
「うん。だからね、ちょっと中止。これからその説明に行こうと思って」
『え〜すごく興味あるのに。ちょっとだけ中に入ってもいいです?』
「ううん、閉めちゃうから。そうだ、新しいネタあるよ?あっちでどう?」
佐藤斗喜とは数ヵ月前の取材で会った。今でも評判が良いという”美しき地下街の男たち”を書くにあたり、取材させてもらったうちの1人だ。この彼が、今の私のネタ元になっている。素性の知れない男は、一般人がなかなか辿り着かない不思議な情報を持っている。
情報料はタダ。多少なりとも支払うといっても斗喜は一度も金銭を受け取ったことがない。「定期的に顔を出してくれればいい」なんて軽い交換条件を提示されただけ。なぜ、私をこんなに気にかけてくれるのかは、不明だ。
『新しいネタ?!すごく聞きたいです!じゃああっちでー』
「…お話会、始まりますよ。どうぞ」
私たちの会話にいきなり入ってきたのは、店内に残る男だった。ホワイトに近い綺麗な金髪をなびかせ、前髪の間から獲物に狙いを定めたような瞳が覗いていた。
「朱里…今日は出来ないって…」
「…いや、問題ない。お話会、興味あるんですよね?どうぞ」
朱里と言われた男の手がスマートに四季の腰に添えられた。
『え?え…あの…』
「大丈夫。楽しい1時間だから」
「朱里、そんな強引に連れて行くな。彼女はこれから俺と打ち合わせがある」
朱里は顔を傾げながら私を見た。答えを求めているようだった。なぜだか分からないけど、この機会を逃したらいけないようや気がした。
『行きます。ごめんね斗喜さん、せっかくだから参加します。打ち合わせは終わってからでもいいですか?』
「…そう。仕方ないね。じゃあ、終わったら声かけて」
『わかりました』
この瞬間、朱里の唇が怪しく弧を描いた。もちろん私たちはそれに気がつかない。エスコートされるまま、暖簾の奥へと進んだ。
最初のコメントを投稿しよう!