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「斗喜の友達?」
『友達…とは違うんですけど、ちょっと仕事でお世話になってまして。えっと…お名前…』
「朱里だよ。紋永朱里。斗喜とは10年くらいの付き合い。今日はこの朗読会の参加者。君は…」
『あ、申し遅れました』四季はジャケットのポケットから名刺ケースを取り出し、朱里に向かって一枚差し出した。
『大森四季と申します』
名刺を受け取った朱里は、物珍しそうにそれを眺めた。
「女の子から名刺もらうのなんて、久しぶり。大森…四季…綺麗な名前…それに、贅沢」
『贅沢?』
「春でも夏でも秋でも冬でもなく、四季。ほら、贅沢。四季は…欲しがり?」
女の子と表現したり、さらりと呼び捨てにするあたり、慣れているんだろう。こちらの警戒心を解いていくのが上手いのは、朱里の声にあるかもしれない。こちらが気後れしてしまうような華やかなビジュアルの持ち主なのに、少しハスキーがかった低めで芯のある声をしている。聞きやすくて癒される、女性に安心感を与える声だと思った。
『欲しがり…かもしれませんね。ところでこのお話会って…』
朱里曰く、月に数回、読み手の気分で開かれる朗読会だという。告知は、ポストイットのみ。壁に貼られているあの小さな紙を運良く見つけられた人のみ、参加できるという。
斗喜の誘いを断って参加して正解だったと思った。読み手の気分で開かれる朗読会なんて、それこそ贅沢だもの。一体どんな人が、どんな話を繰り広げるのか。場合によっては終了後、取材の申し込みをしてもいいかもしれない。斗喜のネタもあるし、今日はアタリだ。
『楽しみです』
「…そうね、俺も楽しみ」
中は薄暗く、椅子が数脚等間隔で扇状に並んでいた。その前方に3人掛けくらいのサイズのソファが置かれている。読み手が座る椅子だろう。
「…そこに座って」
ぐっと声を抑えた朱里が耳元で囁いた。なんていい声。自在に声色を操れるのか、先ほど聞いた声より色気が増したようだ。
『紋永さんは…』
「朱里でいいよ。俺はあっち。それじゃあまた後で」
『あ…ありがとうございました』
朱里はどれかの椅子を指差して、暗闇に消えていった。私は案内された端っこの椅子に静かに腰を下ろし、辺りを見渡した。隣は女性のようだ。かなり距離が開いているけれど、私はぐっと上半身を伸ばして小声で話しかけた。
『あの、初めてなんですけど、今日はどんな内容なんですか?』
「今日は噂によるとミステリーみたいです」
ミステリー。謎解きなんかを一緒にするのだろうか?何はともあれ、楽しみしかない。多少なりとも酔いの残る身体が、その気持ちを増幅させた。
椅子に座り直した時、時間になったのか照明が落ちた。
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