地下街、25時。

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前方のソファだけがスポットライトのように薄ピンク色に照らされた。怪しい私設図書館の雰囲気を壊すことのない、妖艶な演出だ。 そこに一人の男が現れ、しっとりと濡れた髪を虚げな瞳でかきあげながらソファに腰を下ろした。手には本を持っている。その姿をみた参加者がにわかに騒がしくなり、男は満足そうに濡れたため息をついた。 どうやら今夜の話し手は、この男性らしい。男はゆっくりと首を回し、全員を見た。もちろん私とも目が合った。なんて綺麗な顔をしているんだろう。滲み出る色気が男らしさを増幅させている。 目が離せなかった。だってそれは「参加者」と言っていた朱里だったから。間違いではないけれど、彼は聴く側ではなくて、聴かせる側だった。 一瞬で虜になったあの声だ。いやでも期待が高まる。 表紙をめくり、朱里が静かに語り出した。 山奥の湖畔に立つ山小屋に逃げ込んだ男女の話。雨に濡れ、急激に体温を奪っていく。 「”脱いだほうがいいわ”そう言った女は、男のワイシャツに手を掛けた」 しっとりとした余韻を残す声。やっぱり心地いい。聴き入っていたら、朱里が小説の内容に合わせるようにワイシャツを脱ぎ始めた。本を片手で持ち、もう片方の手でボタンを一つひとつ外していく。 え? 肩が見え、しっかりとシェイプされた上半身が露わになる。その状態で朱里は話を進めた。 「”抱いて。もう最後かもしれないから”女は男の胸元に手を当て、焦らすように下へ下へと滑らせた」 朱里は自分の手を己の胸元に当て、その手をゆっくりと降下させた。 え?目を丸くする私をよそに、他の聴衆は悲鳴のような吐息を小さく吐くばかり。 「”もう我慢できない”男は女の手を取り、力の限り抱きしめ、その場に押し倒した」 そこまで話すと、朱里が立ち上がりゆっくりと参加者の方へ足を進めた。乱れた自分の姿を見せつけるように端からゆっくりと歩き進める。私の目の前まで来た朱里を見上げると、意味深に微笑みながらいきなり私の手を掴んだ。 『えっ?!』 あっと言う間にソファまで連れていかれ、私は押し倒された。 『ちょっ!ちょっ!何?!』 「男は我を忘れたように女の首元に顔を埋めた」 慌てふためく私を気にすることなく、朱里は私の首元に顔を埋めた。身の危険を感じた私は力一杯押し返そうとした。 「大丈夫。何もしない。少し協力して」 耳元で囁やかれたお願い事。 「男は女の身体を唇で指で身体全体で、堪能していくように愛撫した」 淡々と言葉を発し、時に本当に欲情したような声を出す。朱里は私の脚をパンツ越しに撫で上げ、ゆっくりと太ももの内側をつねるようにつまんだ。 『ちょっ!』 「しー…見られてるよ」 その言葉になぜか私は黙ってしまった。このおかしな空間が、麻薬のような役割をしているのかもしれない。黙った私を見て、朱里はうっすらと笑みを浮かべながら、手首を掴んだ。そのまま自分の胸元を触らせる。 はだけたワイシャツから覗くしなやかな肉体。それはとても触り心地が良く、身体の奥がきゅっと熱くなるのを感じた。 朱里はどんどん物語を読み進めた。脚を絡ませたり、際どいラインまで手を滑り込ませたり、この状態を極限まで楽しんでいる。だけど本当の意味で楽しんでいるのは聴衆の女たち。 私は途中から気付いてた。これはミステリーなんかじゃなくて、官能小説だ。それを、言葉だけじゃなく視覚からも楽しませている。 朱里はソファに深く腰掛け、私にまたがるように小声で指示した。 「大丈夫。俺の頭を抱きかかえてるだけでいいから」 アルコールの残る身体と、思考を奪うような甘い瞳に見つめられ、私はどうかしてたと思う。その言葉を信じて、膝立ちでまたがり、朱里の頭を抱きかかえた。
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