地下街、25時。

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物語は終盤。しっとりと艶やかなシーンに、情熱をぶつけ合う淫らな行為が加わる。朱里は私を片手で抱きしめながら、最後の余韻を楽しむように言葉を終えた。 スポットライトが消え、出口を示す足元だけが青白く光った。部屋から人の気配が消えた。 ここに残るのは、私とこの男だけ。本当に抱かれたような感覚だった。私の身体は熱を持ち続けている。 「いつまでまたがってんの?」 呆れたような朱里の声。それに合わせるように部屋の照明がうっすらと灯り、私たちが約20㎝の距離で見つめ合っている事に気がついた。 ワイシャツが腕にかろうじてひっかかっている程度の上裸男の肩に手をつき、またがっている私。 このシーンを見た人は、100人が100人とも”襲う女と襲われる男”だと言うだろう。 『ちがっ!!』 慌てて立ち上がったからか、床に足をついた瞬間、よろめいた。咄嗟に朱里の腕が伸びてきて、転びそうになる私を支えた。 「大丈夫かよ?」 謝るのも可笑しいと思いながらも、助けてもらったことには変わりないわけだから、私は『すみません』と謝罪のようなお礼を述べた。 「そんな慌てなくても別に取って食ったりしないから」 『そんなこと思ってません』 支えられた腕から離れ、この得体の知れない男を睨んだ。 「そう睨むなって。助かったよ今日は。急に相手役が来れなくなって困ってたんだ。そうしたら目の前にピッタリのコいるから」 『相手役とか、ピッタリのコとか意味分かんないんですけど。私襲われるかと思った』 「襲うわけないだろ、仕事なんだから。だいたいなんでそんなに怒ってんの?楽しかったでしょ?あの役、人気なんだけど」 『はぁ?そんなこと知りません!だいたい何このお話会』 「何って…大人向けって言ったら官能。絵本でも読み聞かせた方が良かった?」 『ミステリーだって…』 「ミステリーだよ」 たしかにストーリーはミステリーだった。非常に官能的な表現の多い、エロティックなミステリーだった。少し落ち着いて考えれば、この朗読会はネタとしてはかなり面白い。文学的な要素も備え、尚且つ特別な性的嗜好を満足させる。聴衆は女性ばかりだった。この男の声に魅せられた、女性たちだ。 『あの、この朗読会っていつから…』 「興味もった?また参加する?」 『興味というか…そうですね興味あります』 「それは俺に?」 『……え?』 「だから、俺に興味もった?」 あまりに強く否定するのも失礼かと思い、私は『いやぁ…』と言葉を濁した。それを見て、朱里は口角をきゅっと上げた。 「まぁいいや。助かったから。飯でも奢るよ」 凝り固まった筋肉を解すように伸びをした朱里。仕事を終えた時の私の行動と重なる。鍛えられたしなやかな筋肉に、極上の声。見惚れるほどイイ男なのは認める。 「なに食いたい?なんでもどうぞ?」ワイシャツのボタンを留めながら朱里が言った。 『私予定あるので』 予定があるのは本当だ。この後、斗喜さんから”ネタ”を提供してもらうのだ。 「……予定って男?」 『斗喜さん』 「…あぁ」と思い出したように納得した朱里だが、その言葉に続いたのは「行かせたくないなぁ」という願望。 朱里が一歩近づいた。私はバッグを抱きしめたまま後退りした。 『な、なに?!』 じりじりと男が壁際まで詰め寄ってくる。私の頭上の壁にドンっと覆いかぶさるように腕をつき、近距離で見下ろしてきた。留まりきっていないワイシャツの隙間から、チラリと素肌が見え隠れしていた。 「飯行こ。俺腹減ってるんだよ」 『え、遠慮します』 さらに近づいた顔。もう男の呼吸を感じられるほどの距離。 「飯、行こ」 イイ男っていうのは、至近距離でみるとさらにその迫力が増す。じっと見つめられ、金縛りにでもあったように動けない。もう、唇が触れるほど、近い。 「…飯…」 『いかなっ』 男は躊躇いもせず、唇を重ねた。息苦しいほど、熱く、息が乱れるほど、強く。
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