恋を知らない二人

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世間では夏休みとされる8月下旬のある日、私は大学のカフェにて不愉快な光景を目にしていた。 高校生にしか見えない女の子に、一部の学生グループが品のない言葉でちょっかい出していたのだ。 女の子は背を曲げコソコソした雰囲気があり、暇な学生のからかい対象になってしまったようだ。 大学では8月も集中講義があり、学生と見学の高校生が入り交ざるというのもおかしくはないのだが… おそらく女の子は一人で見学に来てここを利用していたのだろう。 それにしても大学生にもなってそんな言葉で他者を揶揄するなんて、少々驚いてしまう。 ダサイ、キモイ、品性もなければオリジナリティの欠片もない悪口に遭遇し耳を疑った。 いくら無関係の人間とはいえ、目撃した以上無視するのも寝覚めが悪い。 私はやれやれと思いつつ 「ねえ、スカートに汚れが付いてるよ?お手洗いで見て来たら?」 見ず知らずの彼女にそう声をかけたのだった。 「?」 女の子は素直に自分のスカートの後ろ側を見ようとする。 「トイレの鏡で見てきなよ」 すると女の子はスッと私を見てきて、少し考えてからぺこっと頭を下げ、駆けていったのだった。 そして残った私に突き刺さってくるのは、大人気なく集団で年少者をからかっていた彼ら彼女らからの視線だった。 まるで拾ったおもちゃを取り上げられたような面白くなさそうな顔で。 私も女の子と一緒に立ち去ればよかったのだが、出来立ての日替わり定食がホカホカとそれを妨げて。 仕方なく、彼らとは距離を保ち、遅めのランチを堪能する事にした。 しばらくすると、案の定彼らからは棘のある言葉が聞こえてきた。 「あの子、文学部の子?なんか感じ悪くない?」 「あー、あの子ね、高校ん時不登校だったらしいよ」 「まじ?そんな風に見えないけどな」 「でもぼっち飯してるじゃん。かわいそう。お前ら声かけてやれよ」 「やだよ。不登校してた人なんて何て話しかければいいかわかんないもん」 「そうそう。すぐイジメだーって騒ぐ人もいるしね」 「自分勝手だよねー」 彼らの賑やかな会話はヒートアップしていく。 同じ高校出身者も何人かこの大学に来てるみたいだから、別に隠してるつもりもなかったが、私が高校に行ってたかどうかなんてあなた達には何も迷惑かけてないでしょうに。 内心で反論しつつも、私はきれいさっぱり無視することにした。 ところが 「ねえ、俺も高校には行ってないけど、自分勝手かな?」 明々後日の方角から、そのセリフは矢のようなスピード感で飛んできたのだった。
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