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「やっぱり私は他の歌にするよ」
「どうして?俺、同じ歌を選んだのが朝倉さんで嬉しかったんだけど」
「嬉しい?」
「だって、俺と朝倉さんって似てるなと思ったから」
「どこが?全然似てないよ」
こんな人気者とごく一般的な私が似てるはずない。
けれど早乙女君は少しも譲らない。
「似てるよ。だって二人とも高校に行ってなかっただろ?」
そうきたか。
痛いところを突いてきたなと、私は人気者早乙女君の意外に鋭利な一面を見た気がした。
「でもそんなの他にもたくさんいると思うよ?」
「それだけじゃないよ。あの日、かわれてた女の子を庇ってあげたでしょ?もし朝倉さんが何も言わなかったらきっと俺が同じ事をしてた。ほら、俺達似てない?」
ね?と笑いかける早乙女君は、眩しい夏の日射しにも負けないほどにキラキラぴかぴかで、やっぱり私と似てるとは思えない。
だが早乙女君は優しいだけの人でもなさそうだし、躍起になって拒否し続けるのも悪手かもしれない。
もし断固拒否しようものなら、明日以降、人目のある所で再び誘われる可能性も…
……ここはひとまず、一応頷いておこうか。
いやでも、やっぱりモテる人の近くにはいたくない。
またおかしな噂を立てられたりしたら面倒だし、高校の時の二の舞を演じて…
「…ん?朝倉さん?」
「――え?」
「え、じゃないよ、大丈夫?暑さにやられた?」
私の顔を覗きこみ手で扇いでくる早乙女君と、至近距離で目が合った。
どうやら私は考えすぎるあまり、早乙女君の呼びかけに気付かなかったようだ。
いつの間にかもう駅もすぐ目の前になっていた。
「…ううん、大丈夫」
そう答えるも、早乙女君は私を駅ビルに誘導し、身振りで手近にあった自動販売機前のベンチに座らせた。
「お茶でいい?水がいいかな?」
「本当に大丈夫だよ」
私の返事には構わず、ささっとお茶を買ってしまう早乙女君。
「熱中症には気を付けなきゃ」
やや強引に渡されたお茶は冷えていて、確かに喉の渇きは感じた。
仕方なく私はひと口ふた口と喉を潤した。
その潤いは、人気者の早乙女君が隣にいる状況への緊張感を少しだけ溶かしてくれたようだった。
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