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どこまでを説明するか迷いつつも、彼に納得してもらう為には事実を話すべきと考えた。
「私が高校に行かなくなったきっかけのひとつだからよ」
「…何があったか訊いてもいい?」
さっきまでのやや強引な会話運びが、遠慮がちな温度に変わった。
「高校で仲良くなった男子が凄くモテる人だったのよ。普通に友達だったんだけど、彼のファン達はそうは思わなかったみたい。男好き、色目使ってる、何股もしてる、二人でホテルに入っていった…身に覚えのない噂を流されたの」
「それは酷い…」
呟いた彼は、己の事のように痛々しい声だった。
「でもあまりに噂が大きくなったおかげで、信じる人は少なかったみたい。学校もきちんと対応してくれて、いじめとかそういう感じにはならなかったの。だけどその一件で私は高校生活を諦めて…ううん、すっかり冷めてしまった。学校は自宅学習に協力的だったから無理して通学する必要もなかったし、時々は登校する日もあったけど、私の噂を流してた子達とはほとんど会わなかった。聞いた話では停学処分になったせいで大学の推薦を受けられずに浪人する事になったらしいけど…。で、そんな経験をしたものだから、恋愛感情は他人を傷付ける刃にもなるんだってちょっと敬遠したくもなったわけ。あと、女子にモテる男子には必要以上に近付くべきじゃないって学んだのよ。どう?これで納得してくれた?」
ざっくりではあるが一通りの説明を終えると、早乙女くんは「そんな事があったんだ…」と言いながら、私の隣に座ってきた。
いや、だからあなたとこんな風に一緒にいるところを大学の人に見られたくないんだけど。
心の訴えは彼に伝わらず、むしろ更にその距離は近くなる。
「それで、今まで恋愛した経験がなかったんだ?」
「まあ、そういうこと」
「でもじゃあ、そんな敬遠してた恋についての歌を選んだのはなんで?」
「言ったでしょ、興味はあるからよ。経験したことない感情だもの、気になって当然でしょ?人を傷付けたり自分を痩せ細らせたり、そんな感情がどうやって生まれるのか…」
「なら、やっぱり俺と恋人のフリしてみようよ」
「なんでそうなるの」
呆れ口調が最大限になる。
けれど彼はにっこりと確認してくる。
「だって興味あるんだよね?」
「それは、まあ…」
うまく反論できない私に彼はその綺麗な顔を向かせてきて、そして今度は静かな口調で語りだした。
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