娘のお友達

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最近娘に、りんちゃん、というお友達ができたらしい。 まだ見た事がないが、いつもの事なので特に気にすることもなく、適当に話を合わせている。娘の言うお友達とは、内気で空想好きな娘の生み出した、架空の友達であることがほとんどだからだ。架空の友達を生み出す事を親として不安に思うことはないが、さすがに頻度が高いので、今度カウンセリングでも受けさせようかと思っている。 今度のお友達はわりと奔放な性格らしく、ままごとのように決まったところで行儀よく遊ぶことが少ないので困った。部屋の中をあちこち駆け巡ったり、物置から色々ひっぱりだして散らかすので、架空の友達とはいえどういう育ちをしたのかと常識を疑う。 「​──ちょっと! いい加減にしなさい! 出したものはすぐにしまいなさいって何度も言ってるでしょ!」 今日でりんちゃんが出没するようになって一週間が経つ。相変わらずリビングには色々なものが散乱していた。 今までと違い長く続くごっこ遊びに疲弊したのもあって、つい、きつめに叱りつける。驚いた娘は肩をビクつかせて私を見ると、すぐに、ごめんなさい、と片付けにかかった。 「全くもう。どうしてこんなことするの」 「だって、りんちゃんが見たいって言うから」 「だからって、よその子に家のものを触らせたり、見せるのはダメ。片付けるのはママだし、何か無くなったら大変でしょ?」 「うん。……」 娘ひとりでは収拾がつかない程に散らかってしまっているので、私も仕方なく手伝いながら諭した。共犯者がいて娘だけを叱るのも理不尽かと思い、よくわからないが隣にいるであろうりんちゃんにも向き合う。 「りんちゃんも。勝手によその家の物を見たがったり、触るのはダメだよ。わかった?」 返事をしたであろう間を確認してから、また手を動かす。 やおら、娘が言った。 「りんちゃんね、ママが大好きなんだって。だからママのこと沢山知りたいんだって」 「でもママはりんちゃん、初めましてだよ?」 「え? 違うよ? また会えたんだよ? だってこの前までりんちゃん、お腹の中にいたんだもん」 娘の言葉に、思わず拾った物を落としそうになる。 ​──どうしてこの子がそれを知ってるの。 それは、つい最近犯した過ちだった。 刺激を求め、遊びのつもりで犯した罪。痕跡は完璧なまでに消したはずなのに、どうやって、娘はそれを知ったのか。 鳥肌が立った。冷たい不安と恐怖が背を襲う。 関係者が漏らしたか。それとも僅かな痕跡が家の中に残っていたか。あるいは、本当に水子がまとわりついているというのか。 あらゆる可能性に血の気が引くのを感じる。 「嘘はダメだよ」 声の震えを必死で押えながら、私は娘を窘めた。 「うそじゃないよ!」 しかし娘の言は続く。何も知らない笑顔が、今は怖い。 「りんちゃん言ってたもん。今度はちゃんと産んでね、って!」 「​──」 言葉が出なかった。 娘の隣、何も無い空間。 これが娘には一体何に見えているというのか。 手にしていたアルバムを本棚に突っ込むと、私は込み上げる恐怖から逃げるようにその場を離れた。怪訝な娘の声が追う。トイレだと言って逃げるのが、私には精一杯だった。
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