(三)

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(三)

 朝見凛が走高跳を始めたのは高校に入学してからだった。中学までの彼は短距離走の選手――スプリンターだった。中学三年生のときに全中(全日本中学校陸上競技選手権大会)で100mと200mの両方を制すと、さらにその年のジュニアオリンピックでも100mで優勝。どこにその爆発的な力を忍ばせているのかと不思議になるほど彼はその細い体でトラックを駆け抜けていく。誰にも触れられない、誰にも捕まることのない風となって。  短い距離での勝負に必要な絶対的な才能――それを朝見凛は持っていた。努力によって後天的に得られるものだけで頂点に立てるほど短距離走の世界は甘くない。努力で伸ばした先にある才能が最後にほんの数秒にも満たない時間を縮める。これはもう天性のものだ。授かった者と授からなかった者の差。  ――朝見凛はまさに授かった者だった。  日本陸上界の宝。未来のオリンピック選手。彼を育てたいと何人もの有名監督が手を伸ばし、全国の陸上強豪校が彼を欲しがった。けれど彼が選んだのは、地元の公立高校だった。陸上において全くの無名校ではないが、あくまで「公立高校にしては良い方」というレベルであり、当時の陸上部監督ですら彼が入部してきたことに驚きを隠せなかったという。神様から才能を授けられた逸材――それを目の前にして緊張も不安もなかったとは言えないだろう。その後、朝見凛は監督だけでなく世間をも驚かせた。  ――走高跳に転向したいです。  こんなにもスプリンターとしての、同じ競技をする者なら喉から手が出るほど欲しい才能を、朝見凛は手放すと宣言したのだ。期待が大きかっただけに当初はバッシングもあった。それこそ十代の若者にかける言葉としてはふさわしくないものも多かった。それでも朝見凛は自分の決断を曲げなかった。止めようとするもの、呆れかえるもの、批判も視線も受け入れたうえで、自分の決めた道を歩き続け、努力し続けた。  天才と呼ばれた彼がもがき苦しみながらも自分の道を進んでいく姿に少しずつ世間の風向きは変わり始める。転向したばかりで記録が思うように伸びない姿を見れば、彼も同じ人間であり普通の高校生なのだと思い知らされる。天才だと勝手に崇め奉っていた自分たちを顧みる。短距離走を続けていればと言っていたひとたちも、走高跳でも徐々にその才能を開花させ始めた彼の姿に口を閉じるしかなかった。才能だけではない。努力もある。それでも最後はやはり陸上の神様に愛されているのだと誰もが思った。  ――朝見凛は『陸上界のプリンス』なのだと。  カチッと針が揃えば、聞き慣れた声と音楽が流れだす。 「君も今日から僕たちの仲間さ! きび団子をあげるから目を覚ませ!」  いつもと同じように覚醒半分のまま伸ばした俺の手はいつもとは違う感触を捉えた。固い桃の形の頭を叩くはずだったのに、しっとりと滑らかな肌に触れ、指先が心地よい温度に包み込まれる。手を握られたのだと認識するより早く、驚きが体を駆け抜け一瞬にして俺は覚醒した。目を見開くと同時に目覚まし時計があるはずのヘッドボードの棚へと顔を振り返らせる。 「このキャラクターはなんだい?」  まさに俺が止めようとした目覚まし時計が白く大きな手に持ち上げられていた。くるくると器用に片手で裏側を確かめ、興味深そうに「これは桃なの?」と甘く温かな声に笑いを含ませる。薄い唇の端がすっと持ち上がり、瞬きを繰り返すたびに睫毛が揺れ、透き通った瞳がふわりと緩む。 「おはよう、遼平」  朝の光を顔面に湛えたまま、先ほどよりも深く目尻が下げられた。名前を呼ばれ、まっすぐ視線を向けられたことで、またしても自分が目を奪われてしまっていたことに気づかされる。いや、そんなことよりも。 「な、なんでいるんだよ⁉」  叫ぶと同時に握られたままになっていた手を引き剥がす。軽く触れているにすぎなかった力はあっさりと俺の指を離れた。 「涼子(りょうこ)さんに遼平を起こすよう頼まれたからだよ」 「母さんか……」  振り払われたことに少しも動じることなく朝見は手にしていた目覚まし時計をもとに戻し、枕元に膝をついた体勢のまま俺の顔を覗き込む。水色のシャツに包まれた肘がシーツに皺を作り、軽くベッドを軋ませる。立てられた腕が、その手に載せられた彫刻のように整った顔がわずか数センチのところにある。急に詰められた距離にどうすればいいのかわからなくなった俺は咄嗟に頭の下から抜き取った枕をぶつけた。 「もう高校生なんだからひとりで起きられるよ!」  いや、言いたいのは、言うべき言葉はこれじゃなくて。 「一体いつから……いや、なんでこんな近くにいるんだよ」  枕をぶつけられたところでその美しい顔が壊れることも、微笑みが崩れることもなかった。朝見は顔から剥がした枕を俺との間に置くと、先ほどよりも声を弾ませて言った。 「なんで? ああ、それは遼平の寝顔が可愛すぎて、つい……つい、ね」  繰り返された言葉に。ふふっと上げられた口角に。わずかに覗かせた瞳が見せた光に。俺の胸の中はざわつきだす。 「つい、なんだよ?」 「ふふ」  答えを濁して微笑まれたことにますます俺は不安になったが、追及した結果困るのは自分かもしれないと悟る。――知らないままでいた方がいいこともある、ハズ。 「いや、やっぱいいや。とりあえず出てってくれ」  ようやく体を起こした俺を見上げた朝見は、もう一度ふわりと柔らかく微笑むとそっと口を開き、優しく言葉を落とした。 「着替え手伝おうか?」  まるで「タイム計ろうか?」と同じ響きで。さらりとなんの躊躇いも、恥じらいもなく言われ、俺は一瞬頷きそうになった。あぶない。あぶなすぎる。 「手伝わなくていいから!」  言葉とともに捲った布団を朝見に押し付けるようにして立ち上がる。さすが枕を至近距離でぶつけられても怒らなかっただけある。布団を被せられたところで、その髪が乱れたところでなんの影響も見せなかった。朝見は柔らかな温度を残すそれを手に取ると、背筋を伸ばしたまま長い腕を動かし乱れていたベッドを整え始めた。  見慣れた自分の部屋は汚いというほどではないが、キレイに整っているとも言いづらい散らかり具合。そんな中にあってもそこだけは違う。端を揃えて折り返されただけの布団も、手を滑らせて皺を伸ばされただけの枕も、朝見が触れるとすべてが違って見える。カーテンの開けられた窓から差し込む光すら吸い寄せ、朝の澄んだ空気が朝見を中心に広がっていく。 「遼平は本当に照れ屋なんだね」  そのうしろ姿にさえ目を奪われてしまっていたことに気づき、俺は急いでクローゼットの前にかけられていたワイシャツへと手を伸ばす。 「べつに照れてねーから」 「ふふ。それじゃあ、下で待ってるね」  朝見がようやく立ち上がった気配を感じ、俺は振り向くことなくため息を返す。 「ああ、そうして……」  ちょうどTシャツを脱ぎ、冷たいワイシャツに袖を通しているときだった。ふっと視界が一瞬かげり、足元に落ちていた俺の視線が別の姿を捉える。近づかれていたことに全く気づかなかった。それくらい自然に静かに朝見は俺のそばにいた。ふっと甘い香りがしたと思ったときには、もう遅かった。  チュッ。  おでこに触れた温かく柔らかな感触。わざと響かせたのであろうリップ音。 「――は?」 「つい、ね」  今まさに俺に触れた唇で緩く弧を描いた朝見はそう言って片目をつむると、小さく声を鳴らした。  いつものダイニング。いつもと同じ席。昨日から「いつも」ではなくなった隣でご飯を食べている朝見の姿。見慣れたとはまだ到底言えないけれど、もはや受け入れるしかないのだろう。ちらりと視線だけを向ければ、ただお味噌汁を飲んでいるだけだというのにすっと光が差し込むような眩しさがある。ボタンの外されたシャツの袖から覗く手首は細く、箸を持つ指は長い。一見女性的にも見えるが、薄く血管の浮き出た手の甲やその大きさは男性のそれだった。お椀のふちに添えられた唇からズッと遠慮がちに音が漏れる。鼓膜に触れたその音すら不快に感じることはなく、むしろ生身の人間だと感じられてホッとする。 「朝からひどい顔ね」  俺の前へご飯のお茶碗を置いた母さんが眉根を軽く寄せる。実の息子に対する第一声がそれか。俺は「おはよう」と開きかけた口を閉じ「ん」とだけ返す。ひどい顔の原因は朝の出来事にあったけれど、それを素直に話せるはずもない。俺は詳しく追及されるのを避けるため、ご飯を掻き込んだ。  カチャン、と箸を戻して手を合わせようとしたところに、キッチンから出てきた母さんが昨日に引き続きデザートの器を置いた。今日は皮の剥かれたびわが瑞々しいオレンジ色を見せている。毎朝デザートを出すことに決めたのだろうか?  俺の向かいに座った母さんがそれぞれに果物用の細いフォークを手渡す。未だひどい顔をしているであろう俺に再び母さんが口を開きかけた矢先、柔らかな声が被せられた。 「遼平は照れているだけですよ」  ふわりと揺れる空気。低くも高くもない耳に心地いい音。一瞬にして食卓を囲む全員の視線を引き寄せた。 「あら、なにかあったの?」  母さんもつられて一オクターブ高い余所行きの声になる。 「べつに、な」 「ええ、少しだけ」  反論しかけた俺の言葉はわずかに出遅れ、照れたように小さく笑った朝見の声に掻き消される。 「目覚めのキスをしただけなんですけどね」 「キ……って、おでこにしただけだろうが!」  思わず立ち上がり声を荒げた俺に、朝見は「ふふ、そうだね」と声を震わせて笑う。 「大体、あんな不意打ち、事故みたいなもんだろ!」 「事故?」  声をわずかに低めた朝見がそっと手にしていたフォークを戻し、俺を振り返る。 「そうだよ、事故だよ。事故」 「遼平」  朝見が俺の名前をとても丁寧に呼び、すっと椅子を引いた。 「なんだよ」  静かに立ち上がった朝見は体ごと向き直ると、まっすぐ俺の顔を覗き込んだ。 「事故じゃないよ。事故は偶発的なものだけど、今朝のは僕の意思によるものだから」 「お、まえは、そうでも、俺にとっては違うから!」 「……そうなのかい?」  一瞬息を飲むような間の後、朝見はきゅっと悲しさを顔に滲ませた。澄んだ青色の瞳が揺れ、寂しさを含ませた息を吐き出す。俺よりも大きな体のくせに急に小さな子犬のように見え、俺の胸には罪悪感が芽吹く。 「っ」  ――そうだよ。俺にとっては事故だよ。なんの気持ちもないんだから。  そう言ってやりたいのに……言葉が喉から先に出るのを躊躇う。何も悪くないはずなのに。俺自身には何も後ろめたいことなどないはずなのに。まるで俺がいじめているような気さえしてきてしまう。 「遼平」  すがるような視線に、そっと確かめるような声に俺は「なんだよ」と答えるしかない。 「どんなキスであっても、僕が遼平にするものにはすべて愛がこもっているから。それだけは忘れないでほしい」  何を言われているのか頭が追いつかない。言葉すら、文字ひとつすら出てこない。ポカンと唇が離れたまま戻らない。え、何? 俺は何を言われているんだ?  戸惑いと混乱の渦に落とされた俺の手を朝見がそっと掬い上げる。抵抗する気力すらどこかに吹っ飛んでいた。気づけば二日前の悪夢再び。今朝おでこに触れたよりも輪郭を鮮明にした感触が俺の指に押し付けられる。  朝の光を湛えた瞳は隠されることなく俺を映し続けている。 「愛しているよ。これからもずっと」  真剣なまなざしに、笑いを含まない静かな声にきゅっと胸を掴まれる。ドクドクと不規則な音を立てて心臓が騒ぎだす。振り払えばいい。俺は好きでもなんでもないって言ってやればいい。それなのに、どうしてだか指先ひとつ動かせない。この美しさを前にするとどうしても体が固まってしまう。――怖い。今まで味わったことのない感覚に震えが走った、そのとき。 「あらあら。朝から仲良しねぇ」  母さんの明るい声が俺を現実へと、慣れ親しんだダイニングテーブルの前へと引き戻した。俺は触れられていた手を振り上げるようにして引き離す。そうだよ。ここは俺の家で、今は朝食の時間で、目の前には父さんと母さんがいるじゃないか。すべてのやり取りを両親に見られていたのだと思ったら恥ずかしさで死にそうになった。手の先から耳の先まで一気に熱が駆け上がる。  ふたりは呑気に食後のお茶をすすりながら俺と朝見を見上げている。母さんが「すごいわねぇ。朝からプロポーズされちゃって」と笑えば、その隣で「朝見さんみたいに素敵な人なら、まあ安心だな」と父さんも表情を緩める。  ――何がすごいの? 何が安心なの? 一人息子が目の前で男にプロポーズされているこの状況に疑問すらないわけ? 「そんな、素敵だなんてとんでもない。僕より遼平の方がとっても素敵ですから」  朗らかに笑い合う大人三人。その横で渦中にいるはずの俺はどこか現実感を失って突っ立っていた。  ――もう一回倒れたなら。  いっそもう一回意識を失ったなら。全部夢だったことにはならないだろうか。  意識せずとも大きくなったため息を追いかけ、目の前の机に倒れ込む。頬に触れた表面は温かく、その心地よさに少しだけ肩の力が抜ける。窓際一番後ろの特等席。午後を過ぎた柔らかな日差しが俺の背中に降り注ぐ。この昼休みが終われば、授業はあと二コマ。朝見と再び顔を合わせるまであと二時間半といったところだろうか。昨日、散々クラスメイトに質問攻めにされたので、さすがに今日は勘弁してほしいと俺は朝から「話しかけるなオーラ」を全開にしていた。まあ、質問されたところで俺が答えられるものなんてひとつもなかったんだけど。  ――どこで知り合ったの?  ――どういうきっかけで?  そんなの俺の方が聞きたい。朝見は一体どこで俺と出会い、俺に興味を持ったのか。俺の記憶にある朝見は『陸上界のプリンス』であり『伝説の存在』だ。画面越しの、決して届くことのない背中。実際に会った覚えなんて頭をさかさまにして振っても出てこない。 「朝見コーチって本物の王子様みたいだよね」  今日も変わらず女子たちの話題は朝見らしい。勝手に耳に入ってきた名前に再びため息が漏れる。少なくともこの教室にいる間だけは朝見から解放される。今の俺にとっては貴重な時間だった。 「この前までその雑誌に載ってる彼こそ『私の王子様』って言ってなかった?」 「彼のことはもちろん大好きだよ。でも、距離感が反対になっちゃったからさー」 「距離感?」 「彼は雑誌の中の人だけど同じ高校生でしょ? モデルとはいえ、会おうと思えば会えるくらいの距離だったわけ。朝見コーチは伝説の存在で、いくら憧れても絶対に会えない人だったの。それがまさかこんな近くに来ちゃうなんてさ。はしゃがずにはいられないでしょ」  ――距離感。  聞こえた言葉に思わず顔を上げてしまった。会話を続ける女子ふたりと目が合う。あ、ヤべ。後悔したときにはすでに遅く、ロックオンされたのが直感で分かる。 「ねえねえ」  一気に距離を詰められ、気づけば机を挟んで目の前に立たれる。無視するわけにもいかず「なに?」とぎこちなく笑い返す。女子を敵にまわすべからず。これは今まで生きてきた中で培われた俺の教訓だ。 「朝見コーチって、瀬永くんの家にいるんだよね?」 「そうだけど」 「家にいるときと学校にいるときってやっぱり違う?」 「違うって?」 「んー、こう外ではみんなにも優しい王子様って感じだけど。家に帰ったらもうちょっと気が緩んだ感じになるのかなあって」  向けられた視線に、ふふっと笑いを抑えきれない口元にどう答えていいのかわからなくなる。これは一体どんな答えを期待されているのだろうか? 「コラ、新婚に何聞いてんのよ」  ――新婚? 「えー、でも気になるじゃん。朝見コーチと瀬永くん、どっちが甘える方なのかなあとかさあ」  ――甘える? 「そういうのはふたりだけのものだからいいんでしょうが。知らない方が妄想できるくせに」  ――妄想? 「あー、確かに。知らないままの楽しみ……うー、知りたいけど知りたくない。いや、でも」  俺が何も言わなくても目の前の会話は進んでいく。突っ込みたいところはいっぱいあるが、女子の会話は速すぎて隙がない。 「いや、あのさ」 「あ! じゃあ、これだけ教えて」  それでもどうにか出してみた俺の声は、あっさりと弾き飛ばされる。覗き込むように向けられた瞳は先ほどよりも輝きが増していて、続く言葉に若干の恐怖を覚えた。  ――一体、何を聞かれるんだ?  一瞬だけ外へと向けられた視線がすぐに戻ってきたかと思うと、口元に手を添え一応遠慮したふうを装って声が落とされた。直接鼓膜に触れたその言葉に――、 「してねぇからっっ!」  俺は机を思い切り叩くと同時に立ち上がった。  突然の大きな声と音に、目の前に立っていた女子たちだけでなく教室全体が静まり返ったが、知ったことではない。俺はそのまま教室を出ていく。耳の先まで赤くなっているのが自分でもわかる。  ――俺からは。  かろうじて飲み込んだ言葉に今朝の出来事が蘇る。ほんの一瞬。触れただけの。無防備なほど柔らかな感触も。体温だと意識する間もなく消えてしまった熱も。忘れてしまえばいい。あんなのただの事故なのだから。  ――どんなキスであっても、僕が遼平にするものにはすべて愛がこもっているから。それだけは忘れないでほしい。  脳内ですら綺麗に再生されてしまった声が胸の奥まで響いていく。 「あー、もう」  屋上に繋がる階段へと続く廊下の奥。人目のない場所まで歩き、俺はその場にしゃがみ込む。遠慮することなく吐き出されたため息が辺りに溶けていく。朝見のことが嫌いだったら、そう言えば終わる。俺たちの間にどんな過去があったとしても、今の俺に応える気持ちがないのならそれまでだ。断ればいい。婚約者になんかなった覚えはないし、これからもそのつもりはないって。言ってやればいい。そうすれば俺の日常は戻ってくるのだから。  ――それができないのは、手を振り払えないのは……。  段差を背に顔を上げれば、窓の外には今日も晴れやかな青空が広がっている。夏ほどのはっきりとした鮮やかさはないけれど、柔らかな空の色に少しだけ心が緩む。  ――この空に、この空を映すことに憧れた時期が俺にもある。  その背中は遠く、記録というよりは記憶の中にこそ強く刻み込まれている。 「……距離感、か」  俺もあの女子と同じように、突然近くに現れたことに、触れられる距離となってしまったことに戸惑っているだけなのだろうか。  それとも――。
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