3.香りに惹かれて

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3.香りに惹かれて

食事に誘われてうれしい反面、どうしていいかわからなかった。最近の吉住さんの言動があまりにも私に向きすぎているように思えて。正直、食事に行ったら緊張して気晴らしにはならないと思う。 スマホから目を上げ、みんなの様子を見ると、下を向いている。スマホを見ているようだ。もしかしたら誘われたのは私だけではないのかもしれない。今回研修に行ったみんなを労おうとしているのかも。 スマホが震えた。雅からのメッセージだ。 「ねえ、今日は直帰だから一緒にご飯でも食べて帰らない?」 雅の方に目をやるとこちらを見て笑っていた。 雅がご飯に行こうと誘ってきたということは、吉住さんは雅を誘っていないことになる…。悩んだけど、私は雅とご飯に行くことにした。吉住さんのことを相談したいと思ったから。それに、吉住さんのことはよく知らないし、いきなり2人きりで食事に行って何を話せばいいの? 吉住さんには悪いが、先約があるといってお断りのメッセージを送った。 電車を降りて、雅と一緒にお疲れ会と称して2人でイタリア料理の店に入った。 ここのイタリアンは、コース料理がリーズナブルな料金で楽しめるお店で、食前酒にアペロールを出してくれる。柑橘系の香りと赤みを帯びた色あいがイタリアにいるような気にさせてくれるので、私のお気に入りの店の1つだ。 席で注文をし終えると、雅がすぐに聞いてきた。 「ねえ、吉住さんからLINEきたって朝言ってたじゃない」 「うん。」 「吉住さんって理子に気があるんじゃないかと思うんだけど」 「どうして?」 「あの後、他の子にも聞いてみたんだ、メッセージが来てるかどうか」 「え!うそでしょ」 「誰もメッセージもらってないって」 「…」 「だからそう思ったわけ」 「…」 「なんで黙ってるの?」 「実は、雅に相談したかったんだよね、吉住さんのこと」 「理子も好きなの?」 「そうじゃなくて、研修が終わってからまたメッセージもらって、食事に誘われた」 「それで!」 「それでって、断ったから今ここにいるの」 「え!今晩誘われてたの!何してんのよ。私とご飯なんか食べてる場合じゃないじゃない」 「だってどうしていいかわからなかったし、雅に相談したかったんだもん」 そう話しているところにウエーターさんが前菜の牛肉のカルパッチョとアペロールを運んできた。料理を置いて席から離れた途端に雅が話に戻る。 「そっか。何話していいかわからないっていう理子の気持ちもわかる。でも、チャンスを捨てるのはなぁ。まずは乾杯!お疲れ~」 グラスを軽く重ねて乾杯をして、グラスに口をつけたとき、急に吉住さんとキスしているような感覚に襲われた。 今まで何度となくこの店で食事をしている。それなのになぜ急にこんな妄想が見えたのか?不思議だった。妄想?それとも私の願望? 「理子はどう思ってるの?吉住さんのこと」 「え?」 「何とも思ってない?」 「そうじゃないけど、人気ありそうな人だなって。かっこいいし、話し方とか知的だし。私とは合わなそうなんだよね」 「確かに、背が高いし知的。これはポイント高いよね。一般的に考えるとかっこいいとも思う。私はタイプじゃないけど。でも、付き合ってみなきゃわからないこともある」 「でも…」 「理子が嫌なら職場の先輩としてみればいいだけ。気になるなら食事に行って話してみると何か見えてくるかもよ」 雅に相談している間に、メインのラム・ソテーが運ばれてきた。 吉住さんからのLINE、うれしかった。私にしか送られてきていないって知った時も特別扱いされているようでうれしかった。 食事に誘われて断った時の返事、「じゃまた今度。楽しんできてね!」と優しく送り出してくれた感じだった。 私は自分を想ってくれる男性なんていないと、逃げているだけなのかも?それなのにキスする妄想までしているなんて、自分のことがよくわからなくなってきた。 食事を楽しみ、お酒もいつもよりちょっぴり多めに飲んで、ドルチェを食べていろんな話で雅と盛り上がった。 店を出る頃には顔がほてってきていた。手の甲を押し当てると、熱くなっているのがわかる。でも、ふわふわして気持ちがいい。 「ちょっと、飲み過ぎたんじゃない?大丈夫?」 「大丈夫よ。そんなに飲んでないもの」 「うそ、いつもは飲まないカンパリも飲んだじゃない」 「このくらい大丈夫よ、少し酔いたかったの」 「タクシーで帰ろう、電車じゃ危ないよ」 雅にそう言われてタクシーを拾おうと大通りまで少し歩くことにした。 ふわふわして気分が良くって、正直な気持ちを話したくなった。 「ねえ、雅。私ね、たぶん吉住さんのこと気になり始めてると思うんだ」 「酔ったおかげで本音が出たか。私もそうじゃないかと思ってたよ」 「さっきね、吉住さんとキスしてる妄想までしちゃった!」 「あ~ぁ相当酔ってるわ」 「ふふ、自分の気持ちを話すって気持ちイイね」 「そうだね、この状態を吉住さんに見せたくなったよ」 「それはダメ~」 「でもね、もうすぐ来ると思うよ」 「え?」 「さっき、LINEしといた。理子が酔いつぶれてしますって」 「またまた冗談がうまいんだから~雅は!」 「はいはい」 大通りまで来ると人も車も多くて、タクシーを拾うのもなかなか大変だった。酔った私は植え込みの角に座っていた。眠くて眠くて立っていられなかった。そんなとき、「迎えにきたよ」って声がした。雅がタクシーを捕まえたんだと思い、差し出された手につかまって何とか立ち上がった。 「大丈夫?」 「大丈夫。あれ?この香りさっきのアペロールと同じ~。いい匂い大好き~」 この香りをずっと嗅いでいたい。そう思って腕に抱きついた。 「まぶし…い」 もう朝か~と思いながら目を開けるとカーテンの色が違うことに気づいた。それにこの香り、オレンジ系のアペロールのような香り…。 ふと横を向くと隣に吉住さんが眠っていた。 「!!!」
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