雨垂れ落ちる春

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「ただいま」 結局帰る前に話し足りないと、秀仁とハンバーガー屋に寄ってから帰ったせいで、家に着いたのは六時過ぎだった。 次はどんな曲にしようかアイディアを出しっぱなしで、今日はもう疲れた。 何にしろ毎日と言っていいほど新しい曲はどんどん出てくる。 毎日毎日時間が足りないのだ。 「おかえり」 リビングのソファに寝転びながら、漫画を読んでいた妹が視線をオレに映した。 だけど、すぐに手元の漫画に視線を戻した。 2つ下の受験生のくせに、余裕ぶってて平気なのかと思うが何も言わない。 オレが言った所でクソ生意気な妹が、言うことを聞く訳ないっていうのを知っているからだ。 「それって新刊?」 オレはとりあえず向かいに座った。 着替えるのは一休みしてからでいいや。 ついていたテレビをアニメ専門チャンネルから、くだらないニュースを一通りザッピングして元に戻す。 「そうだけど。っていうか勝手に回さないでよ」 「お前漫画読んでんだろ」 「漫画読みながら見てたんですぅ」 口を尖らせながら可愛くない妹は言う。 「これ再放送だろ」 オレが中学生ぐらいの時にみた記憶がある。 変身する魔法少女ものだ。 丁度名シーンと言われる騎士が魔法少女に力を与えるシーンだった。 再放送がやるって事は、また続きでもやるのだろうか? 「名作は何回見ても名作なんだよ。知らなかったの、お兄ちゃん」 「そういうセリフはちゃんと座って見てから言えよ。パンツ見えるぞ」 「うるさいな」 制服から着替えて何かモコモコした部屋着を着た妹は、面倒くさそうにソファーに座り直した。 暑くないのか? と以前聞いたが、女子のオシャレに我慢は必要なんだよ。と真顔で返された事がある。 っていうか、家で見せるやつも居ないのにオシャレしてどうすんだよ。 「遅かったね」 「秀仁と話してた」 「ああ、あのイケメンな人? あの人絶対に衣装映えするよね。次いつ家に来るの?」 妹から見ても秀仁はイケメンなのか。 一度家に来てた時にも何か興奮してたしな。 「知らん」 「今読んでる漫画の主人公の衣装とかすっごい似合うと思うんだよね。背高いし。着てくれないかな」 「お前の趣味にオレの友達を巻き込むな」 「ちぇっ、使えない」 分かりやすく不貞腐れてやがる。 妹の趣味はコスプレだ。 大体は家で写真を撮ってネットにアップしていて、時々とんでもないメイクと衣装を着て洗面台に走っていくのを見かける。 衣装は手作りらしく、夜中にミシンの走る音が時々する。 洗濯物の中に作ったらしき衣装を見かけるが、本当に自分で作ったのか?と疑いたくなるぐらい、きちんとした服を作ってみせる。 妹の意外な才能に初めてみた時は驚いた。 本格的な衣装のおかげなのか本人が言うには、ネット上では結構人気があるらしい。 最近秀仁のおかげで再生数がやっと増えてきたオレとは正反対だ。 「ねえねえ、あの人って彼女いないの?」 「居ないって本人は言ってる」 「モテそうなのに」 「モテるぞ」 今日も手紙貰ってたしな。 だけど、誰かと付き合う気はないみたいだ。 一回聞いたけどはぐらかされたし。 「なんだ、付き合いたいのか?」 ふと気になって聞いてみる。 妹に前好きな人を聞いたら漫画のキャラクターの名前を出されたから、二次元にしか興味がないと思っていた。 「別にいい。なんていうか、あの人は観賞用って感じ」 「ふうん、よく分からないな」 「お兄ちゃんそういうの、うとそうだもんね」 呆れたように言われカチンとくる。 オレには別に彼女が居るからそういうのは間に合ってるんだ。 と言えないのが辛い。 ふと見たアニメはもう終わりそうなのか、エンディングがかかっている。 ああ、この曲も結構いいよな、オープンニングの方が好きだけど。 「っていうか早く着替えた方がいいよ。今日はお父さん帰ってくるって言ってたし」 「げ、今日だったっけ」 「うん。昨日メールきてた」 オレには来てなかったぞ。 まあ、来ても困るけど。 「夕飯は?」 「なんか買ってくるって言ってたからご飯と味噌汁だけ作ってある」 「サンキュ」 オレは投げ出していたカバンを掴んで自分の部屋へと戻る。 学ランのボタンを外し、ベッドに放っておいてあるパジャマ代わりのスウェットへと着替える。 夕飯は制服のまま食うな。ってどういう決まりだよ、面倒くさいな。 こういう細かい所何故かうるさいんだよな、親父は。 普段は出張やら泊まり込みだとかで家に居ないくせに、たまに帰ってくると父親ぶりたくなるらしい。 オレもうるさく言われたくないから程々に言う事を聞いている。 親父、帰ってくるのか。 思わずため息が出てしまう。 次はいつ泊まりこみの仕事が入るんだろうか。 あまり家に居られると正直に言うと困る。 親父が家に居るとあまりピアノ弾けないからな。 愛用の電子ピアノに未練を残しながら、オレはリビングへと戻ることにした。
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