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スマホに通知が届く。
それだけで心がものすごく浮き上がる。
今日は秀仁と学食でとんかつを食べていた。
毎日パンだと正直飽きるきらな。
昨日秀仁が編集したという映像はまだ途中だったけど、仕方ない。
オレは分け合っていたイヤホンの片方を返す。
「悪い、席離れる」
「ああ、彼女?」
頷くと、少し困ったように笑う。
いや、オレだって悪いと思っている。
ただ、彼女はとても忙しくて時間がなかなかとれない。
いいように使われすぎだと言われたが、オレはそれでも構わないと思っている。
それだけ惚れてる。
「じゃあ続きはオレの家に来るか?」
「あれ、お父さん帰ってきたって言ってなかった?」
「今日からまた出張だと」
昨日帰ってきた親父は、また一週間ぐらい出張に行くと言っていた。
そして、生活費としていつも通り朝一万円をオレ達に渡した。
生活費と食費だと言う。
もう慣れっこになっているオレ達は黙って受け取った。
「なら行こうかな」
秀仁はある程度オレの家の事を知っている。
だから行っていいのか聞いてきたのだ。
相変わらず気の利く事で。
別に気にしなくてもいいのに。
オレはもうとっくの昔に気にしなくなった。
秀仁はささっと行けと言うように手を振ったから、ありがたく思いながら席を離れる。
あとでコーヒーでも奢ってやろう。
足早に科学準備室に向かう。
ドアを開ける前に軽く息を整えてからノックをする。
「どうぞ」
柔らかい声が中から聞こえてきたから、扉を開く。
埃っぽくて狭い準備室は彼女に似合わなすぎる。
机に向かって何かを書いていたいた彼女が顔をあげ、振り返る。
そして、オレを見て柔らかく微笑んだ。
「かぎ、閉めてね」
見惚れてしまっていたオレは、慌てて内側へと入り鍵をしめる。
「座って」
誘われるがまま、隣の空いていた椅子に座る。
手を伸ばせば触れられそうな距離に、まだ慣れずドキドキしてしまう。
「お昼は食べたの?」
「食べました。今日は学食でとんかつだったんです。君塚先生は?」
「二人の時は名前で呼んでって言ってるでしょ」
そう言うとオレの唇に人差し指をあてる。
とても綺麗に塗られた爪が触れて、思わず顔が赤くなってしまう。
「絵里さん」
小声で言うと、よく出来ました。と言うように頭を撫でられる。
絵里さんは産休で休んでいる先生の代わりに、一年限定で来た先生だ。
とても綺麗で大人で。
産休に入った先生はオバサンだったから、来た当初は随分騒がれていた。
オレも一目惚れしてしまった一人だ。
この学校の全ての女子が子供に見えてしまうぐらい、とても清楚で落ち着いて大人っぽい人だ。
そんな絵里さんと恋人関係に慣れたのは、奇跡と言ってもいいのではないかと思う。
音楽室でいつものように秀仁とピアノを弾いていたら、いつの間にか外で聞いていたらしく、とても素敵だったと褒められた。
そこでいつもだったらみんな秀仁の方に関心を持つのだが、絵里さんはオレに関心を持ってくれたようだ。
秀仁が見ていない所でメッセージアプリのIDを渡された。
あの時のいたずらが成功したかのような顔は、今でも大事な宝物だ。
そこから密かなやりとりが始まった。
やりとりを初めてすぐにオレは告白をした。
無駄に期待していても仕方ないし、どうせ彼氏でも居るだろうと思って。
返答は意外にもOKだった。
ただし条件はいくつもついた。
外で会うのも九月の任期が終わるまでは禁止。
誰にもバレてはいけない。
連絡が遅くなる場合もある。
それでも守れる?
と聞かれ頷いた。
そのお礼にと絵里さんはオレの唇を優しく奪った。
紛れもないファーストキスだった。
それから半月経っても二人っきりになるのは慣れない。
大体は文字だけのやりとりだけだったけど、たまに準備室に呼ばれて二人っきりで会う。
まだ片手で数える程しか会えてないけど、それだけでも嬉しかった。
単純だと自分でも思う。
ふいに絵里さんの手がオレの手に触れる。
「あなたの指、好きよ」
思わず引っ込めてしまいたくなるのを根性で耐える。
オレの耳はもう赤くなっているだろう。
誤魔化すように自分の指を見つめる。
節が多くて手入れも何もしていない。
絵美さんの手の方がよっぽど綺麗だ。
距離がまた少し近づく。
ふわりと、花の匂いがした。
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