雨垂れ落ちる春

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「今日は花音ちゃん居るんだね。確か受験生だっけ?」 「そう。勉強してる所なんてあまり見たことないけどね」 座る所が少ないオレの部屋。 とりあえずベッドの上に座らせる。 オレはピアノの前に置いてある椅子に座って、とってきたばかりのコーラのプルタブを開ける。 「一応気を使ってあげなよ」 「やらない奴に言ったってしょうがないだろ」 「家事を手伝うとかさ」 「交代でやってる。大体オレが受験の時あいつが気を使った事なんてなかったぞ」 秀仁は分からないだろうけど、妹という生き物は甘い顔をしたらどこまでもつけあがるもんなんだ。 妹が勧めてきた漫画を読んで面白い。と言ったらまんまと次の新刊からオレが買わされたり、冷蔵庫に入れておいたお菓子を知らないふりをして勝手に食べるだなんて日常茶飯事。 そんな奴に気なんて使ってられるか。 やるべきことは自分でやらせる。 じゃないとオレの身がもたない。 「ほら、食事の用意を多めにやるとか」 「バカ言うな。一回でもそんな事言ったら毎日オレがやる羽目になるだろう。お前はやった事ないからお気楽にそんな事言えるんだ」 お坊っちゃんな秀仁は台所なんて立つ事すらないのだろう。 キョトンとした顔で首を傾げる。 親父が居ないとなると洗濯、掃除、食事の用意は当然の事ながら交代でこなすしかない。 それは意外と時間がかかるのだ。 二人っきりで過ごす初めの頃、帰ってからだと疲れてしまってやりたくない気持ちがお互いに勝った事が結構あった。 家はあっという間に荒れはてて、元に戻すのに休日が丸つぶれになった。 それから話し合い、今の状態に落ち着いたのだ。 世の中の専業主婦は偉大だった。 「そんな事より、早く動画みせろよ」 「はいはい」 自分のパソコンを立ち上げメールで動画を送ってもらう。 やっぱでかい画面で見た方がいいからな。 オレは椅子を机の前に動かし、送られてきたメールから動画を再生する。 秀仁はベッドから立ち上がり、オレの後ろの椅子によりかかりながら一緒にパソコンの画面を覗き込む。 「お、やっぱりデジカメで撮ると綺麗だな」 「今回は歌詞をつけてみたんだ」 いつもより凝ってるな。 こいつの編集の腕がどんどん上がっていって恐ろしい。 一体何を目指しているんだか。 動画は四分丁度で終了した。 ブレもないしいいんじゃないか。 「じゃあ早速アップするか」 自分のチャンネルに飛んでアップする。 ワンクリックで自分の曲が世界中に広がっていく。 実際はもっと狭い範囲なんだろうけど、見知らぬ誰かに届くというのは変な感じだ。 「そういえば、面白いサイト見つけたんだ」 後ろからキーボードの操作権を奪った秀仁はパチパチと操作をする。 オレはコーラを飲みながら大人しく待った。 そこにはパソコンのキーボードでピアノの音が出るというページだった。 すげっ、超面倒くせ。 画面の中のピアノの鍵盤の上にどのキーがどの音に対応しているか書いてある。 「何これ、やば。覚える方が面倒だろ」 試しに押してみると、確かに対応する音が出た。 「これだったら俺でもピアノが弾けそうだと思って。簡単な物だけね」 秀仁は器用にキーボードを押しながら有名な花の名前の童謡を弾く。 「しかもエフェクトで音も変えられる」 マウスをクリックするとピアノの音が電子的なものに変わる。 すげっ、確かに楽しいかもしれないな。 でも絵面的にどうなんだ。 想像してみる。 片方はパソコンのキーボードをカチカチと押して、片方はピアノの鍵盤を押す。 うん、いじめみたいだ。 「逆に面倒じゃないか?」 「そう? 慣れだよ、慣れ」 混乱しそうだ。 ピアノの電源がついているのを目敏くみつけた秀仁は一緒に弾いてみる? と言う。 「簡単な連弾用の楽譜ある?」 「ある訳ないだろ」 ただの高校生が連弾を想定して楽譜を集めている訳がない。 「かえるの歌ぐらいならできるだろうけど、つまらないよね」 「ネットで見てみるか」 オレは動画サイトで検索する。 一秒もかからずに検索結果がずらっとでてくる。 ああ、なんて便利な世の中だ。 クリック一つで目当てのものがでてくる。 「クラシックが多いね」 「秀仁はその方がいいだろ。あ、これなんてどうだ? 片方だったら弾いた事あるからお前が覚えればすぐ出来るだろ」 有名なアニメ曲を連弾にアレンジしたものだ。 これだったら弾いた事ある。 「うーん、タイピングには自信あるけど不安だな。楽譜に起こすよ」 「サビだけだったら行けるんじゃないか?」 クリアファイルに入っているルーズリーフをだしてやる。 便利な耳を持っている友人は真剣な顔で音符を書きとめていく。 っていうか、動画は弾いている二人の手元が見づらい。 けど、聞く感じだとメインとサブがはっきりしてるからやりやすそうだな。 没頭し始めた秀仁を横目に窓の外を見ると、雨はもうやみかけていた。
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