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そう考えて思わず笑いを漏らすと、それが気に入らなかったのかユキはさらに叩く力を強めた。痛いが、まあ悪くない。
しかし、こんな褒め言葉ぐらいスバルからさんざん言われてきているだろうに。もしかして毎度こんな感じで照れていたのだろうか。
そんな疑問とともに微笑ましく見ていると、突然殺気を感じヒヤっと背中が冷たくなった。
ユキも気づいたのか持っていた書類を落として、殺気の方向に剣を構えた。
ユウトは、殺気のした方向に振り向くと、何か尖ったものがユウトの顔に向かって飛んできた。
「……うおッ!」
ユウトは辛うじてその攻撃を避け、その尖ったものは勢いよく壁に突き刺さった。ユウトとユキは恐る恐る壁に振り返ると、そこには万年筆が刺さっていた。
「……悪い、手が滑った」
冷たい平坦な声が聞こえた。見知った声のはずなのに、まるで知らない魔王のような恐ろしい声に聞こえる。いつもより平坦な声が余計に怖い。
ユウトは恐る恐る振り返った。
「……ッ」
そこには、光のない暗い瞳で表情のない顔でこちらを見ているスバルの姿があった。ユウトはあまりの恐ろしさに、声が出ず、身体は無意識にガタガタと震わせていた。
こんなに怒っているスバルは久々に見た。ユウトといつもふざけたやり取りをして怒鳴られて怒られてはいるが、スバルが本気で怒った時は本当に静かなのだ。長年一緒にいたユウトにはわかる。これは本気の本気で怒っているスバルだ。その証拠にスバルはあの鋭利で尖った万年筆を投げてきた。あんなものが当たれば怪我をしてしまうし、スバルの場合は確実にユウトの頭を狙ってきた。ユウトが避けなければ当たっていたというのにだ。スバルはユウトを殺しにきている。けれど、ユウトには心当たりがない。
「もう、殿下。紛らわしいことしないでください」
すると隣で、少し怒ったように剣を収めるユキの声が聞こえ、ユウトははっとした。
もしかして、この人のせいか――……?
いや、そうに違いない。スバルがこれだけ怒ることはユキのことしかありえない。
しかしユウトは首を傾げた。
けれど、何がそんなに気に食わなかったのだろうか。
ただ少し、ユキをいじっていただけだが。
――……もしかして、それが気に入らなかったのか?
チラリとスバルを見る。スバルは何事もなかったように書類に目を向けていたが、その視線はユキの行動を追っている。ユキは気を取り直すように自分の席に戻って仕事を再開した。
間違いない。この人は、ユキとユウトが楽しくじゃれているように見えて、嫉妬してユウトを殺そうとしたのだ。
そう考えてぞっとした。
やばい、この人。
ユウトは身体を震わせたが、いやいやと思いなおす。
例えそうだとしても、まさか殺そうとは思わないだろう。
きっとあれだ。多少の牽制のつもりだったのだ。
ユウトなら避けてくれるだろうという、これはある意味での信頼なのだ。
そうだ、牽制だ。まさか殺すなんてありえまい。
「……チッ」
そう、うんうんと頷いてユウトも席に座ろうとすると、スバルから小さな舌打ちが聞こえてぴたりと止まる。ちらっとスバルの方を見ると、スバルはかすかにユウトから視線を逸らした。
この人――……!
ユウトはあまりの主人の仕打ちに顔を引きつらせた。
そんなに嫉妬深いんだったら、早く物にしちゃえばよかったのに――……!
スバルの事情は知っているが、あまりの仕打ちにそう思わずにはいられない。
ユウトは少しだけ、怒りをふつふつと心の中で燃え上がらせていた。
とりあえず、今夜はあの人飲ませて問いただそう。
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