最も脚光を浴びたのは

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最も脚光を浴びたのは

「その年のメロル祭で最も脚光を浴びたのは死体だった」  静かに響き渡ったその言葉に、酒を煽り気も声も大きくなっていた男達は一斉に静まりかえった。  男達が声がした方に視線を向けると、店の隅に置かれた酒樽の前に見知らぬ男が座っていた。  あまり品が良いとは言えない男達の注目を一身に集めた、男は、何事も無かったかの様に酒場の店主から受け取った酒を、ゆっくりとした丁寧な仕草で堪能していた。  しかし、気の短い男達がそんな優雅な時を待てるはすも無く、早々にしびれを切らし銘々酒と椅子を手に店の隅に集まりだした。  最初に口火を切ったのは男の前に腰を降ろした重量感のある見事な筋肉を有した男。  その男はテーブル代わりの酒樽に、持って来た酒瓶を叩きつけるように置きながら威圧を込めた低い声で口を開いた。 「おい、吟遊詩人の兄さん。そのメロル祭りが、いつどこであるか知ってて言ってんのか?」 「そんなの、明日この町であるに決まっているだろう職人さん。その為に僕はここに来たんだから」  男の怒りを込めた野太い声など全く気にならないのか、吟遊詩人は変わらず柔らかい笑みを浮かべたまま、酒瓶を叩き付けた衝撃で飛び散った酒を持って居た布で拭い出した。  他の客からすると無用な喧嘩になど発展せず一安心と言ったところだが、集まった男達からしたら正直面白くない。  普通、低い声で凄まれたり大きな音など立てられたりしたら、人や動物はそれなりに怯え萎縮するもの。  それなのに目の前の吟遊詩人は眉一つ表情一つ変えず、笑みを湛えたまま飄々と男が散らかした酒の処理をしているのだ。  結果として男の牽制も虚しく終わり、その上傍から見たら自分の失態の後始末をして貰っている様に見えるこの状況に、男はバツが悪く次の言葉が続かなかった。 「気に障るような事言ってしまって悪かったね。ついメロル祭と聞くと思い出してしまう話があるんだ」  そんな雰囲気の中、最初に口を開いたのは上等な布で酒を拭っていた吟遊詩人だった。  吟遊詩人は、鳥の羽根や硝子か宝石か素人目では判断出来ない石を付けたつば広の帽子を被り直し、先程まで酒を拭っていた布をその帽子に挟むと、膝の上に置いてあったリュートを抱え直しながら申し訳無さそうに男に視線を向ける。  居た堪れない気持ちで座っていた男達は、吟遊詩人の方から口を開き謝罪があった事にほっとし、どうにか平静を装い笑みを返す事が出来た。 「いや、俺も悪かった。明日は待ちに待ったメロル祭って事で皆浮かれ気味だったんだ。そんで……吟遊詩人の兄さんよ、俺達は生まれも育ちもこの村だが、メロル祭で死体を出したなんて物騒な話、聞いた事ねぇぞ?」  平静を装って話したつもりが、その男にしてはすこぶる不自然な口調になってしまった挙句、声も少しばかり上ずってしまった。  その男の口調に笑いを堪えられない者達が小さく肩を揺らす中、吟遊詩人はいっそう笑みを深め、酒場の店主に追加で注文をした。 「話すと長くなるし、こんな話食事の席でどうかと思うけど、それでも良いのなら――」  リュートの弦を小さくはじき、吟遊詩人は静々と語り出した。 「その前にまず、メロル祭の悲劇を語るには最初に話しておかなきゃいけない事件がある。これはメロル村の悲劇のきっかけになった事件だけど、役人も入らず表立つ事の無かった事件で、事の真相はある男の手記を読んで知ったごく僅かな人しか知らない。そう、全ての話は繋がっているんだ」
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