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やさしい氷 本編
「もし私が二千歳だったらどうする?」
学校の帰り道、氷は奇妙な質問を投げかけた。秋も終わりに近づいているのにも関わらず、半袖から伸びたしなやかな腕を曲げ、白く透明な指で作ったピースサインを私に向ける。
「どうするって……友達でい続けるけど……うーんでも、驚くかな……」
私の返答に、氷は薄い唇を尖らせた。目つきからして不満気では無さそうだ。
「すみれってよくそう言うけど、驚いたことないよね!」
「そ、そう…?」
どうやら氷は私の驚愕した表情を見てみたいらしい。理由を訊ねると氷はニカリと笑った。
「好きな人の色んな表情見てみたいじゃん」
好きなんて今まで何回も言われてきたはずだが、まだ慣れていなかった。口角が上がるのを抑えていると水溜まりに足を突っこみそうになる。氷は片手で私を受け止めて、安全な道へ引っ張った。
「ありがとう」
「良いの良いの」
氷は全身が冷たい。それでも伝わってくる体温から、慌てて離れた。お礼というわけではないが、氷が困っていることへの解決策を私は提案する。
「驚かしたいなら適当ないたずらでも仕掛ければ良いのに」
それはそれで私が困るが、根本が良い子である氷は私と不可思議な会話をする以外、試したことはなかった。だからずっと一緒にいるわけだが。
「うーん、突然スマホのロック画面が私の半目画像になってたら驚くかな?」
「驚くというよりおののくよ……」
腕を頭の後ろで組んで、いくつもいたずらの提案をしてくる。池からきぐるみを着た氷が出てくるだとか、椅子に座ったら突然ディスコが始まるとか。何を考えて生きてきたらそんな発想になるんだろうとある意味驚いた。でも、どうせやらないんだろうなあとクスリと笑ってしまう。氷は何を思ったのか短い髪を豪快に揺らして、私の顔を覗きこんできた。
「不意打ちをかけても驚かないかー!」
氷の、湖のように淡い碧眼が私の目とあう。何で氷なんて名前を彼女の両親はつけたのだろう。彼女の瞳が、私の頬を火照らせた。肌寒さが一気に感じられなくなる。
「ん?熱でもあるの?」
柔らかいが、少しゴツゴツした手が私のおでこに触れた。とても冷たくて、でも生きていることを感じさせる感触が私に流れ込んでくる。気持ちの悪い感情を抱いた自分をはねのけるように、氷の手をはらった。
「も、もう!急にするからビックリしちゃった……!」
「ごめんごめん。へへっでも成功しちゃった」
手をあわせて舌を出した氷を見ていると愛しいという感情が私を支配する。許すとか許さないとかそういったものは消え失せていた。
「いいよ」
「ありがと」
氷の微笑みが、私を魅了する。人だとは思えないほど整った鼻をはじめとし、全てが計算されたような顔。妖美とは程遠い性格の持ち主だからこそ、私は惹かれる。
ずっと考えないようにしていた。考えれば、考えるほど自分の感情が発覚してしまいそうで。でも、もうハッキリとわかった。私は氷のことが好きだ。彼女も私のことが好きだ、私とは別の意味で。幼い頃から退屈だった私が、一緒にいても飽きない相手。一緒にいるのに、一度も嫌なことを言わなかった人。今、何も話さなくても平気そうにしてくれる人。それが氷だ。
氷が住む可愛らしい一軒家にたどり着いた。氷はレンガの壁に背中を委ねて、私の方へ向く。
「でもやっぱりすみれは笑ってるのが一番だったな~ごめんね!驚かして!」
「……女たらし」
「!?」
嫌になったことは一度も無かったわけではないみたいだ。ただ、その嫌という感情ですら好意を助長する材料に成り果てる。そのことが私の中で発覚した。
「じゃあね」
今日、これ以上一緒にいると、おかしくなってしまう。立ち去ろうと軽く手を振って背を向ける。キィと金属の音を立てさせ、氷は門を開いた。
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