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「……いや、違うけど。ただの情報として聴いてるだけ。一応ね。端末やられちゃったら日付がわかんなくてさ」
カレンダーの代わりみたいなもん、と続けた俺の話をニコはたぶんもう聞いていない。がっくりこうべを垂れてうつむいてしまっている。
生まれて三年で捨てられてしまったバブなアンドロイドのニコは、俺をマスターの代わりにしたいのかもしれない。主人がいてこその存在だって聞いたことがある。でも大抵は生活をよくするための道具か性生活をよくする道具にしか使われないっていう。ニコがどっちかなんて俺には関係ないが、外見からして想像は容易かった。ただ、マスターに執着するような発言はひとつもない。むしろあの惨事の経緯についてはほとんど説明はなかった。記憶の操作は握られたまま放り出されたってことなんだろう。
ニコ。おまえ、不必要なことはちゃんと忘れてんだ。その事実を忘れてるんだよ。
「ニコがわかるなら、これからはニコが毎朝教えてくれる? 俺、テレビつけるのやめるし。そしたらおまえ、もうニュースキャスターみたいなもんじゃん」
俺もいらないことは忘れよう。そのほうがニコも嬉しいんだろうし、と思いながら提案すると、奴は予想どおりわかりやすくくしゃりと破顔した。
朝目覚めて上体を起こすと、「おはようございます。世界の終わりまであと一日になりました」とニコが言う。いつもの定位置で昨日と同じ声のトーンだけど、なんとなく調子がよさそうにみえる。
「おはよ、ニコ。二日目にしてこなれてきたじゃん。やっぱいけんじゃね? ニュースキャスター。付け髭でもつけたらわかんねえよたぶん」
「あなたは髭が好きですか?」
「俺は好きじゃねえよ。毎朝いちいち剃らねえと社会人生活送れねえってマジうざいし」
「……いまも社会人生活を送っているのですか?」
「いや?」
「では髭は剃らなくても構わないのではないですか? おでかけ、しません。誰とも会いません」
今まさに洗面所でシェービングしていたところだったのでちょっとズッコケそうになった。
「ニコがいるじゃん。剃る一択っしょ」
大真面目に答えて肌を整えていると、返答までにはしばらく間があいた。ふり返ると、わかりやすく首を捻って考え込んでいる。身支度を終えた俺がいつものジャージ姿で奴の目の前にしゃがんでみると、ごく近くの視界に俺を捉えたニコは人間らしいしぐさで驚いたように目を見開いた。
「お、大きいですね?」
「運んできてからずっとここにいるもんな。俺、気が利かねえの。ごめんな」
「……なぜ謝るのですか?」
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