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「話し相手に対して放置は失礼すぎたかなって。隣座ってい?」
「……どうぞ」
ニコは両足やられてるうえに小さな爆発までしちゃったアンドロイドの成れの果てみたいなもんで、もう修理は誰もしてくれないしマスターは迎えに来ない確定。なんの因果か最後の十日間を俺みたいな天涯孤独でなんにもない男に捕まってしまった。もっと頭がよけりゃ、最後の日々、ニコにもう一度歩ける足を与えてあげることだってできただろうに。これはどう考えても懺悔案件に違いなかった。
すぐ隣に密着するように腰を下ろすと、ニコの機械熱だろうか、床がじんわりと温かく感じた。運んだ時のニコ自身には体温みたいなものを感じなかったが、足がああなってるせいでもあるんだろう。疑似的な人肌みたいな心地に、俺はむずむずして身じろぎをした。
「あなたは、いまからニコを破壊しますか?」
「は? なんて?」
ぼんやりとした物言いで問われたので、空耳かと思って聞き返した。すぐ隣に来たくせに俺の頭は解像度が低い。
「あなたはいまからニコを破壊しますか?」
違う。解像度が低いのはニコの頭のほうだ。
切ない感じの顔つきが本当にリアルな人間にみえて、いたいけな少年の心を傷つけた悪い大人になった気がした。いや違うか、俺は正真正銘悪い大人なんだ。誰ともなれ合わないふりで、ひとりで大丈夫なふりで、世界の終わりなんて別の世界の話みたいなふりで、……恐怖から必死に目を背けていただけだから。ニコがこの部屋にこなかったら、そんなことにも気づかずに人生終わってたんだろうなと思うとゾッとするような、そっちのほうがよかったような。いや、さすがにそれはないか。
うちがわの葛藤にケリをつけてひとりで笑っていると、ニコがさらに不安そうに俺の顔を覗きこんできた。今ようやく知ったけど、ニコのくりくりおめめの色は少し青みがかっていて、海の底みたいにも見える。
「あなたはニコを破壊しますか? あなたも壊れてしまいましたか?」
唐突な問いに笑いが引っ込んだ。ニコの不安は「ふり」じゃない。人間にわかりやすく「感情」が伝わるようにつくられているアンドロイドは、嘘がつけないから。
「あぁ、ごめんごめん、ニコ。破壊しないし俺は壊れてない」
「ごめん、って何度も言わないでください。ニコはとても……とてもいやな気持ちになります」
「ごめん」を最後に、マスターは奴の前から姿を消した。それはきっとニコにとっては強烈すぎる負の体験だったのだろう。そんな身勝手な奴のせいで、俺は座ったまま文句も言わないニコに謝ることすら許されないのだ。俺の世界に引き込んでしまった不幸を詫びることすら許されないのだ。
「じゃあ、俺の話し相手になってくれた礼を言おう。それでい? ありがとな、ニコ」
「ニコはなにもしていません。ニコが人間と話すのは当然のことです。そのようにつくられました」
「……はは。そっか。機能だもんな」
当たり前のことを当たり前にスラスラと告げられて、正直凹む。ニコにとってはマスター以外はただの人間だ。並列。その他大勢。これだけこうして、近くにいても。
「……ニコ」
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