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「なんでしょう」
「手、つないでもいい?」
「はい。どうぞ」
軽い調子でうなずかれたので、えいやっと思い切って隣に投げ出されたままのニコの右手を取った。だらんと垂れ下がっていたニコの手。手首から先はまだ機能するのに、腕の付け根の部分がうまく動かなくなってしまっていた。触っても握っても人間のぬくもりなんて微塵もない。でもただの機械というには滑らかで、その質感が少し懐かしく思えた。こうやって誰かと手をつないでいた日々が、俺にも確かにあったのに。
もうどうでもいいや。
今、俺の隣にはニコがいる。これが俺の世界だ。それ以外はすべて些末なことだ。世界が明日終わってしまうということさえもすべて。
「最期の日々は大切なあの人と過ごしましょう」
ふいにニコが声を張った。ハッとして振り仰ぐと、俺の動作に呼応するようにつないだ手に力が込められたのがわかった。ニコの海の深淵のような瞳は、まっすぐに俺を見つめている。
「もう完璧ニュースキャスターだな。いい声だったじゃん?」
「ありがとうございます」
「やっぱ若いと上達がはええなぁ」
冗談とも本気とも言えないつぶやきをもらすと、意外にもニコはふふっと笑う。
「ありがとうございます」
「うん」
「ありがとうございます」
「ん」
「ありがとう、ございます」
「……ニコ?」
同じ台詞を何度も繰り返すので今度はこっちが壊れたかと思ったが、ニコはそこで区切ったあと「壊れてません」と先回りして弁解してきた。
「ニコは、最後の日々をあなたと過ごせてよかったです」
「……そ? ならよかった」
不覚にも目頭が熱くなったので、慌ててそっぽを向く。
「明日も一緒にいていいですか?」
アンドロイドのくせにやけに切実な声で言うから、すんすんとはなをすすりあげながら笑ってやった。
「ニコは動けねえじゃん。当然、いいよ」
ぎゅ、と手に力がこめられる。ニコは嬉しい時、つないだ手に力をこめるくせがあるんだな。機能なのか個性なのか、もうこの際どっちでも関係ない。わかればいい。俺が嬉しいから。
「よかった。ニコは安心しました。……壊れるのは、怖いです」
「疑似体験を早めに終えた先輩の言葉の重みよ」
「ふふ。あなただってあのとき『死ぬかと思った』って言ってましたよ?」
「確かに言ったな。マジ終わったと思ったし」
「でも終わりませんでした」
「ん。……もう動くのたりぃし、ずっとこうしててい?」
「構いませんよ。ニコも動くのたりぃので、このままでいいです」
「そ? 気が合うじゃん」
俺が壁に頭を預けると、隣のニコも同じように壁にことんとその小さな頭をくっつけて、それから横目に俺を見つめて泣きそうな顔で微笑んだ。
了
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