第1話 死刑執行されたら勇者になって魔王を倒していた

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第1話 死刑執行されたら勇者になって魔王を倒していた

「死刑囚盗賊ネヴィルよ。なにか言い残すことはないか?」 「なにもない」  目の前に死刑執行人の大剣がぎらりと光る。「目隠しを」と言われて、ヴァンダリスは首を振り、それを拒否した。  そう、俺の名前はヴァンダリスだと、心の中で叫ぶ。ネヴィルの名は親友のもの。幼い日、彼と永遠に別れるときに交換した。 「お前が盗んだ財宝のありかはどこだ?今、話せば神の慈悲によって、死刑は取りやめて命だけは助けてやるぞ」  この自由都市ラースの市長も兼ねている司教が小声でささやく。本来、死を前にしての懺悔を聞くための聖職者がなにを言っているのやら。  もっとも、その大盗賊ネヴィルの隠し財宝とやらが目当てであるからこそ、こんな死刑囚の懺悔を聞くために司教がやってきたのだろう。ただの罪人ならば、ひらの神父で終わりだ。 「俺の隠し財宝かぁ?」  ここ一月の拷問やろくな食事を与えられないでボロボロの身体を叱咤(しった)して、ヴァンダリスは声をあげた。それにそれまで「やっちまえ!」だの「はやくしろ!」だのはやしたてていた死刑執行という見世物に興奮していた観客達が、しーんと静まり返る。後ろに出していた屋台で、焼いた肉を切る親父の手が止まるのも見えた。 「それなら銅貨一枚まで綺麗さっぱり、ここにいる赤ら顔の酔っ払い共にくれてやったさ。その場限りのあぶく銭だ。義賊様のおめぐみだと、みんな呑んで騒いで食っちまったんだろう?」  「俺の金はうまかったか?」訊ねれば、みな、気まずそうに目を反らす。  王宮や貴族の城、金持ちの金庫を荒らし回り、盗んだ金を庶民にばらまいて、義賊ネヴィルと持ち上げられて、いい気になっていた自分も一緒だと。ヴァンダリスは心の中で、静まり返った大衆とおのれを笑う。  少し気を許した相手の裏切りによって、牢に放り込まれて拷問を受けた。財宝など欠片もないのだから口の開きようもないが、こうして死刑執行の高い台の上に昇って、この世界の現実をようやく見た。  散々義賊よ、英雄様よ、と持ち上げた大衆は、その処刑の見世物に興奮していた。捕縛された自分を今度はただの盗賊と罵倒し、早く刑を執行しろと処刑人をあおり立てる。 「別に後ろめたさは感じる必要はないぞ。俺がばら巻いた金は元々はお前達のものだ。王や貴族が領民達から搾り取り、商人達があくどく稼いだ汚い金だ。ここの司教様の金もかすめとったか?女神さまより、金貨のほうが大好きな、なぁ?」 「な、なにをしている!早く刑を執行しろ!その者の首を刎ねろ!」  静まりかえる聴衆を前に、慌てた司教の声が響き、そして、我にかえった処刑人の大剣がふり下ろされた。  胸にかけていた唯一の財産。そこらへんの綺麗な石に穴をあけて革紐を通しただけの。なんの価値もなかったためにとりあげられなかった……青い石が砕け散った。  こうして、ヴァンダリスの短い人生の幕は降りたはずだったが……。    ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇  魔王の手の平から発せられた闇の閃光が、勇者の胸を貫いた。  そのとき鎧の下。首にかけていた赤い石も同時に砕け散った。遠い日の昔、唯一の親友だった少年との誓いの印。 「死闘三日か。よくぞ、ここまで私を追い詰めた」  魔王の声が遠くに聞こえる。さぞや邪悪な姿をしているだろうと思われたその姿は、最大の敵でありながら一瞬見とれるほどに美しかった。  人間界と魔界の境である山脈のてっぺんにある、逆さ針の城。その玉座に魔王はゆったりと腰掛けていた。  腰まである黒髪に紫水晶の瞳に、氷のような美貌。人と違うのはその尖った耳だけだ。すらりと立ち上がった姿は、長身の勇者よりも、さらに頭一つ分高かった。  始まった戦いは壮絶であり、三日間続いた。勇者の聖剣と魔王の黒剣が激突すること、千回は超えただろうか?そのあいだ互いの放つ、光と闇の魔法は渦を巻き閃光を放ち、これも剣を合わせた数だけぶつかり爆発した。  その激闘を現すように、玉座の間にはもはや、石造りの椅子しかない。勇者の光のマントも吹き飛びすでに形なく鎧だけとなり、魔王のまとうマントの裾もまた焼け焦げ、破れ、ほつれている。  これが最後とばかり、二つの剣がぶつかりあった。やはり、なお互いに譲らず。  しかし、それでも勇者は頑強であっても人間であった。三日間の眠らず食わずの死闘。いくらエアンナ女神の加護があり、回復魔法をかけ続けたとしても、その身体は疲労する。  ほんの一瞬、魔王の重い剣を受けとめる身体が傾き、体勢が崩れ隙が出来た。それを見逃す魔王ではなかった。  彼の手の平から放たれた闇の雷撃の矢が、勇者の胸を貫く。そして勇者の身体はどさりと倒れた。魔王の己の称賛する声が遠くに聞こえたが、彼の意識は急速に闇の中へと沈んだ。    ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇  自分は死んだはずだった。  首を刎(は)ねられ死刑となった。 ────身体が痛てぇ。  なのになぜ生きている?全身がひりひりするような痛み。だが、それは無意識に自分の全身に気を巡らせた自己回復魔法(ヒーリングオーラ)で、みるみる薄れていく。  いや、自分はそんな高度な魔法は使えなかったはずだ。エアンナ女神の加護受けたものしか使えない神聖魔法など。  そこへ頭にイナズマのような閃光が走る。みるみる共有されていく“この身体の持ち主”の記憶と剣術と魔法のすべて。 ────これは勇者ヴァンダリス……いや、ネヴィルの?  遠い昔に別れた幼なじみ、孤児院に女神の神託を受けたと教会の者達が迎えにきた。あの日に自分達は互いの名前と二人共通の宝物としていた石を分かちあった。自分は青、あいつは赤の……。 ────ネヴィル?死んだのか?  受け取った直前の記憶。魔王との三日にもわたる死闘。一瞬の隙を突かれて胸に衝撃が走った。それから意識がない。 「三人目の勇者も無駄であったか」  そのとき聞こえた落胆の声。こちらに背をむけている長身。黒いマントの裾が破れて焼け焦げているが、そのすらりとした姿さえ、憎らしいほど美しい。  魔王。 「遺体を人間の城に送りかえさなければならないな。敗北の証がなければ、奴らも次の勇者を送ってこれまい」  なにを訳のわからないことを言っている?ヴァンダリスはこの身体に再び力がみなぎってくるのを感じた。怒りの感情がそれを増幅させる。  この魔王は自分の親友を殺した。  それで十分だ。  傍らに落ちている聖剣を拾い上げて跳ね起きて、一直線に。  その黒いマントの背を貫いた。 「な…に……?」  振り返った自分より頭一つ分高い魔王の白い面。口の端から血がひとしずく流れるのを見る。魔王なのに赤いのか?と思った。  まるで自分達と変わらない人間のようだと。  「卑怯な……」との言葉にヴァンダリスは不敵に微笑んだ。 「魔王相手に卑怯もなにもあるか。俺が勝手に死んだと思って背中を向けた、あんたの負けだ」 「確かにこちらがうかつであったか。それから、もう一つよいか?」 「なんだ?」 「お前、中身が違うな」  さすがは魔王だ。今のいままで戦っていた勇者と魂が違うことを見抜いたか。  たしかに勇者として正々堂々たれと真っ直ぐに育てられた彼ならば、たとえ魔王であっても後ろから不意打ちなどしない。かならず声をかけて仕切り直しただろう。  だが、ヴァンダリスはそんな勇者の美学などは、知ったことではない。 「ようは魔王を倒した。その事実さえありゃ、みんな納得するだろう?」  あえてその問いに答えず。短く呪文を唱える。光の……星の爆発を剣にのせて輝くそれに、魔王の目が見開かれる。  剣なら剣で、魔法ならば魔法で、その二つを同時に組みあわせるなどという、凶悪で卑怯なことを歴代の勇者はしなかったらしいが。 「あいにく俺は勇者じゃない。世界を盗む大盗賊だ!」  処刑される“生前”粋がって追い掛けてくる小役人の手下たちに、そう見栄を切って名乗っていた、口上を叫ぶ。 「今日から俺はヴァンダリス・ネヴィルだ!」  自分の名も親友の名も消さない。二つ背負って生きていく。  あたりは閃光に包まれ、そして魔王の姿もまた消えた。 「……あっけないもんだな」  ひとり残されたヴァンダリスはつぶやく。処刑されたと思ったら親友の身体で生き返って、魔王を倒したって、いきなりで終わりすぎじゃないか?  手に持った聖剣を見つめれば、これだけの激闘にも刃こぼれすることなく曇り一つない輝きは、己の姿を映し出していた。乱れてすすけてはいるが、太陽のような輝く金髪に青空のような青の瞳。成長した姿は初めてみるが、孤児院にいたときから王子様みたいだと女の子達に言われていた、容姿そのままに育ったようだ。  まさしく輝ける勇者様の姿って奴だ。 「さて、どうしたもんかな」  ヴァンダリスはぽつりとつぶやく。どうやら自分は友人の身体と入れ替わってしまったらしいが、さて、彼の魂が自分の身体に行っても、あの状況だと首と胴が切り離された状態だ。どう考えても、生きていられるとは思えない。  そこまで考えて、ヴァンダリスの表情は沈鬱なものになる。「そうか、あいつは死んだのか……」とつぶやく。こんなところで、あと少しで勇者として魔王を倒せたというのに。  意識を切り替えるように彼は首を大きく一つ横に振る。魔王は倒した。奴の墓はあとで作るとして、自分はどうする?
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