78人が本棚に入れています
本棚に追加
親友の身代わりとして勇者を続けるというのもなにか違う気がする。だいたい魔王を倒したあとの勇者ってどうするんだ?と思う。この若い身空で隠居か?十八の身空で隠居ってどうなんだ?
そこに、がらがらと音が聞こえた。みれば、魔王の死が引き金になったらしく玉座の間が崩れようとしている。いや、この城全体がだ。
「やばい!」
大盗賊の本能で、逃げ足だけは速いのだ。ヴァンダリスは聖剣を肩に担いで、そのまま駆け出した。
この日、百年の長きにわたり世界を闇に落とし君臨した魔王が、三人目の勇者によってとうとう倒され。
光の時代の到来だと、世界中の人々は、その知らせに歓喜した。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
一日違いで孤児院の玄関に捨てられていた。ヴァンダリスが先で、ネヴィルがあとだ。
二人は兄弟のように育った。金髪碧眼の王子様みたいなネヴィルはちょっと不器用で、要領の良いヴァンダリスはそんな彼をかばいながら、二人で生きてきた。厳格すぎる孤児院のシスターや、年上の乱暴な少年達から互いを守るようにして。食事のときはいつも戦いで、一つでも多くのパンをかすめ取って、それをネヴィルと半分こした。古着のぶかぶかの上着のポケットにねじ込んだ、つぶれてぺったんこになったそれを。
「僕、ヴァンダリスになりたいな」
言われてきょとんとした。明日はネヴィルの誕生日だ。捨て子の誕生日なんてわからないから、孤児院に捨てられていた日が生まれた日とされる。
といっても、寄付金でかつかつの孤児院が子供達の誕生日なんて祝うはずもない。本日もパンとくず野菜と干し肉の欠片が一つ浮かんでいるスープの食事だった。
今日はヴァンダリスの誕生日で、ネヴィルは自分の宝物だという青い石をくれた。この青い石と赤い石を彼が大切にしていることをヴァンダリスは知っていて、それで困った。
あげるモノなんてなにもなかったからだ。ヴァンダリスは明日はかすめたパンを半分にしないで、まるまる一つやるか……と考えたが。
「俺になりたい?」
「うん」
「じゃあ、明日一日、お前が俺になれよ」
「え?」
「明日は俺がネヴィルで、お前がヴァンダリスだ」
「いいね、すごい面白そう」とネヴィルは笑った。
孤児院に教会から迎えがきて、ネヴィルを連れて行ったのは、その翌日のことだった。
名前は交換したまま、一日限りのはずだったが、ヴァンダリスは名前を返してもらえず、親友の名であるネヴィルを名乗り続けたのだ。
首には自分で石に穴をあけて革紐を通した。それを首に下げて。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
逆さ針の城が崩壊するなか逃げ出し、勇者の乗り物であった翼ある天馬によって、魔の山の麓に降り立ったヴァンダリスを迎えたのは、王国軍の兵士の歓喜の声。
いや、これだけの兵士がいるなら、勇者一人で行かせずに、全軍で城に攻め込んだほうが効率よくないか?とヴァンダリスは、髭の将軍の祝いの言葉もどこか遠くに聞いていた。
これがネヴィルだったら、笑顔で応じていたんだろうと、彼の記憶をたぐって無理矢理、顔の表情筋を引きつらせて「これも皆様が私の勝利をねがってくださったおかげです」なんて返していた。
いや、皆様のおかげってなんだよ。魔王倒したのは勇者一人じゃないか。お前達は山の麓でキャンプしていただけだろうと。
続く凱旋パレードでも、天蓋無しの黄金の縁取りに赤なんていう、ド派手な馬車に乗って、左右に王様と王女様に挟まれて、作ったさわやかな笑顔を顔にはりつけ、観衆に手を振るのは苦行だった。王様からはさかんに「よくやった」とねぎらわれ、王女様からも「さすが勇者様ですわ」なんて褒められたが少しも嬉しくない。
……というか、やはり倒したのは勇者一人なのに、なんで自分の手柄のように、この王族二人は手を振って、国民の「王様万歳!」「王女様万歳!」なんて言葉を、まるで魔王を倒したのは自分達みたいに、受けているんだ?
それでもまあ、沿道のあちらこちらにいる。慎ましく暮らしているのだろう父親に母親にたくさんの子供達の……そんな家族の笑顔には、素直によかったと思えた。ささやかな彼らの暮らしに少しの平和をもたらせたのならだ。
王都中心に広場にていったん凱旋パレードの列は止まり、そこに集った人々の歓呼の声をうける。ヴァンダリスはあいかわらず笑顔を貼り付けたまま、手を振った。左右で王と王女も手を振っている。
そこに一人の少年が駆け寄ってくるのをヴァンダリスは目の端にとらえた。急ぎ過ぎてぺちゃりと転んだところに、衛兵達が前に出すぎだぞとばかりに槍を交差さえて向けていた。顔をあげた少年の顔が泣きそうにゆがんだ。いくら王と王女の身を守る近衛とはいえ、子供に武器を向けるなど。
ヴァンダリスはひらりと馬車から飛び降りていた。王と王女が「勇者よ!」「勇者様!」と呼びかけるが、そのまますたすたと少年に歩み寄る。衛兵の肩に手をかけてぐいと押しやると、一瞬「なんだ!」と怒鳴りかけて、それが勇者だとわかると慌てて直立不動の最敬礼をとる。
そんな衛兵を見ることなく、ヴァンダリスは片膝をついて「大丈夫か?」と少年を立ち上がらせてやる。
「こ、これを勇者様に」と少年は手にもっていた花を差し出すが、それは転んだ拍子に茎が折れて無惨な姿となっていた。慌てて少年が引っ込めようとするのに、ヴァンダリスはその小さな手を包み込むように止める。
「私にこの花を?ありがとう」
少年の手から茎の折れた花を受け取り、今日の式典のためにやたら豪奢なマントをまとわされた、その胸の飾り紐にさして飾る。
それに民衆は一斉に歓声をあげた。少年の母親だろう。心配するようにやってきて「ありがとうございます」と何度もくり返して去っていった。
馬車に戻れば、その胸元の花を見やって王女が顔をしかめた。
「そのように茎が折れた野の花など、このマントに相応しくありませんわ。あの少年の好意には十分に応えたのですから、こちらを」
と己が市民から差し出された薔薇の花束の中から、一輪抜いて、マントからその花をもぎとろうとするのに、ヴァンダリスはやんわりと手で庇うようにして拒否した。
「勇者様?」
「この野の花は私にとっては宝石より尊いものです」
そう答えれば、王女はあきらかに不快そうに眉を一瞬よせておいて「まあ、勇者様は本当にお優しい」なんて次の瞬間には甘えるような取り繕った笑顔を見せる。一応この国では一番高貴な女性のはずなのに、底が浅いな……とヴァンダリスは思いながら。
「もちろん、姫からの誉れの花もありがたく受け取ります」
そう答えて、彼女の白い手になるべく触れぬように薔薇を引き抜いて、その花に軽く口づける仕草をした。花には唇をけして触れないようにして。
とたん「うれしいですわ」と機嫌を直す王女に、やれやれ、お姫様のご機嫌取りも大変だと、ヴァンダリスは嘆息した。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
昼のパレードから戻れば、日が暮れて続く夜会とヴァンダリスにとっては、体力よりも精神がごりごりと削られる儀式が続いた。
勇者の記憶とたたき込まれた礼儀作法はあるから、なんとかなるが、裏の裏まで見た貴族やこの夜会に金で招かれたのだろうブルジョア共の相手が辛い。やんわりと避けたくとも、これを機会に救国の勇者にお近づきになりたいと、向こうからぐいぐいとくる。
なんとか隙を見つけて、人気(ひとけ)のないバルコニーへと逃げれば、今度は「勇者様」という媚びたような甘い声に、うんざりして振り返る。
「これはリリラ姫。あなたも夜風にお当たりに?」
「いえ、みなさんお楽しみなのに、勇者様がこちらに来るのを見かけまして」
勇者様、勇者様とそういえば名前を呼ぶ奴がいないな……とヴァンダリスは思う。
これではまるで人々は、勇者しか必要としてないみたいだ。
「勇者様」
物思いに沈んでいたが、声をかけられてリリラ王女を見る。
「いよいよですわね」
「なにがですか?」
栗色の髪に栗色の瞳の優しい色合いの顔立ちも愛らしい姫君だ。淡い水色の清楚なドレスも良く似合っている。が、どうにもどこか媚びるような、その清楚さも気品も作り上げたような感じがするのが、ヴァンダリスは初めから苦手だった。
「いやだ、わたくしたちの結婚ですわ」
「は?」
思わず妙な声が出てしまったが、王女は自分の言葉に酔っているように頬を染めて構わず続ける。
「あら父からお聞きになってませんか?魔王を倒した救国の勇者たるあなたが、わたくしと結婚して次の王となれば、このゴース国は安泰ですわ」
「は、はあ、いや、それは陛下からお話を聞かなければなんとも……」
好きでもない女と結婚!?冗談じゃないと叫ぶ訳にもいかない。相手は王女でここは王宮だ。
「きっと明日にもお父様からお話があるはずですわ」という王女にあいまいな笑顔でごまかして、その衝撃に引きずられるまま、最後のダンスの相手までさせられて、へとへとに疲れたまま、ヴァンダリスはベッドに倒れ込んだ。
色々考えなければ……いや、考えるまでもなく、王女との結婚もいやだし、王様なんぞになるのも嫌だ。
ネヴィルの記憶をたどってみても、彼も王女にたいしてうやうやしく接してはいたが、しかし、なんとも思っていなかったようだった。むしろ、冒険に立ち寄った村や町での、飾らない娘の笑顔にときめいていたようだし。
最初のコメントを投稿しよう!