第16話 不死の王の復活

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第16話 不死の王の復活

「そのマルコシアスがここにいないのは、奴が監獄島に放り込まれたからだ。魔獣の軍団を月明かりの隠れ里に差し向けた罪でな」 「な……」  ヴァンダリスの言葉に、カインストが大きく目を見開く。それまで邪悪に微笑んでいた表情は一変し、その指先は小刻みに震えてさえいる。 「里は、里はどうなった!?」 「無事でなければ、となりにいる男はここにはいねぇよ」  ヴァンダリスは横に立つアスタロークを見た。彼ならば己の里を確実に守ると、それはわかっているのだろうカインストは、ほうっと息をついた。 「皮肉なもんだな、自分があの強欲亡者をそそのかした魔獣が、故郷の里を襲うなんてな」  ギッとカインストがヴァンダリスをにらみつけたが、それを無言で見返した。こいつが憎んでいる人間であり、さらに勇者のなりをしている自分がこれ以上、言葉を重ねたところで意味はないだろう。  人間への憎しみと復讐に囚われ続けた、彼の心に届くのは。 「愚かさでは人間も魔族も同じだ」  アスタロークが静かに告げる。 「過ぎたる力を手に入れれば、その欲望のままに気に入らないものを排除しようとする。そこに人間や魔族の区別はない。マルコシアスは里に魔獣の牙を向けたのだからな。  お前の考え通り人間を滅ぼしたとしよう。今度は魔族同士の争いが始まるだけだ。すでに一つの種族を力によって滅ぼしたのだからな。争うからにはとことんまで殲滅するのがやり方となるだろう。  その果てになにがある?千年前の魔導城郭のごとく、力の暴走によっての自壊か?  私は、いや、私達、魔族も人間も、そのような愚か者ばかりだと思いたくはないぞ。みな破滅など望んでいないし、親しい者の血が流れるのも見たくはないのだからな」  かくりとカインストの膝が折れる。彼は両膝をついて、まるで女神に懺悔するようにうなだれ、そして、つぶやく。 「私が、私が間違っていたというのですか?  私は人間が憎かった。父や母を殺した者達が、この身に流れる半分の血さえ。だから、どんな手段でも、この身を犠牲にしたとしても」 「カインスト!?」  ごほりと口から血を吐き床に倒れた男を、アスタロークが抱き起こす。彼がごほごほとせき込むたびに、その血が口許を濡らす。  覚悟して毒でもあおったのか?と思うが、様子がおかしい。彼は自分の顔をのぞき込むアスタロークに手を伸ばし。 「アスタローク様、私はあなたに生きていて欲しかったのです。魔界のためやまして人界のためなどに死んで欲しくはなかった。  やはり人は愚かで、滅ぼすべき存在で、私のやり方が間違っていたとはいえ、憎しみは消えませんが……。  ああ、時間がない……奴の弱点は…………」  あとの声は小さくてアスタロークにしか聞こえないようだった。  カインストの一度はがくりと事切れたはずの彼の身体は、アスタロークの腕の中からふわりと浮かび上がった。  カッと目を見開いたその瞳はなく、全体が赤くまかまがしく輝いていた。口の端を鋭角につりあげた表情もまた、彼とは違うものが中に入っていることを現している。 「ようやくこの身体を明け渡したか。我が千年の願い、果たせてもらうぞ!すべてを滅ぼす!」  カインストの身体がどす黒い霧に包まれ、隠されてそれが大きくぶわりとふくらむ。  それは円卓の間の天井を突き破り、床を崩す。当然その部屋にいた人間達は悲鳴をあげて落下していく。王や従者、召使いの区別なくだ。 「ええい!」  ベローニャが猫の手の杖を振り、落ちる人々すべて風の魔法でひろいあげて、ふわりと下に着地させる。落ちてくるがれきは、一足先にどすんと地に足をつけたドワーフのザガンが天に巨大なミスリルの盾を浮かべてはねのけた。 「早くしろ!ワシの腕が持たん!」  人間達は崩れる城から少しでも離れようと駆けて逃げる。カーク王もリズ女王も、従者達に囲まれて足早にだ。  中には怪我をしてうずくまっているものもいるが、それは薬長のロノウェが、自分の魔法倉庫(マギ・インベントリ)から、薬を取り出して傷口を塗り、癒やしの呪文を唱えてことごとく治していく。 「ありがとうございます。魔族のあなたに癒して頂くなんて、このご恩は……」 「お礼などいいの。早くお逃げなさい!」  「はい!」と傷が治った者達も駆けていく。  人々がすべて逃げた頃に、ミスリルの巨大な盾を魔法倉庫にしまい込んだザガンが「いてて!」などと腰を押さえていたが、これも駆けつけたロノウェが「まあ、大変」とぺたりと老ドワーフの腰に膏薬を貼り付けていた。 「なんだあのデカ物は!」  総督ガミジンが、腰の三日月型の双剣を抜きながらさけぶ。まだ晴れぬもやの中、ただ巨大なことがわかる黒い腕が動いている。 「わからぬが、斬るだけだ!」  女将軍ウァプラの返答に「単純だが、そういうの嫌いじゃないぜ!」と二人左右に跳んだ。ガミジンは双剣をふり下ろして右の腕を、ウァプラも自慢の矛を振って、巨大な左の腕を切り飛ばした。 「「え?」」  と二つの声が重なったのは、自分達が確かに切り離した腕とは、別の腕がぬうっと目の前に現れたからだ。その巨大な手が武器を大きく振ったすきをついて二人をつかみ潰そうとする。  が、その前にたちはだかった二つの影が、腕を切り落とした。黒の大剣と東方の剣と。  ヴァンダリスはウァプラの横に立つ。「助かった」と彼女は言い。 「やはり手合わせを願いたいものだな」 「目の前のこれ倒したあとにな」  ヴァンダリスは見上げながら答える。少し離れた場所でガミジンが「なんだありゃ」と言っているのが聞こえる。こちらもそう言いたい気分だ。  いままで対峙したどんな魔物よりもデカい。その上に異形だった。  黒いもやはすっかりはれてそのバケモノの姿があらわになっている。というより、黒い身体にもやが吸い込まれた。身体そのものが巨大で濃厚なもやの固まりで、その表面は不気味にぐるぐると渦を巻いている。  四人が切り捨てた腕も、一度は霧散して、しかしすぐにその身体にくっついて、四本の腕の形をなした。  それは真っ黒な四角い巨大な石像に見えた。四本腕、石像?どこかで聞いた覚えが。  しかも、斬った身体に実体が無く、拡散して元に戻るのはつい最近戦った、廃魔導城塞ハーデスの地下実験場の上層の霊体だけとなった魔獣の群にそっくりだ。 「四腕の岩巨人(ゴーレム)の霊体だ」  アスタロークの冷静な声が響く。霊体の魔物だって、斬っても斬っても倒せなかったのに、こんなにデカいのどうするんだ?とヴァンダリスだけじゃなくガミジンは「どうすんだよ!」と口にしている。  そこにゴーレムから声が響いた。 「我は魔導城郭城主、千年の眠りから目ざめ、今度こそ人間共を滅ぼさんとするもの」  人間に妻を殺されて、怨念に取り憑かれた魔導城塞の城主。魔獣を人工的に作り出し、自らの魂もそれを操る石巨人の中に入れて、自ら兵器となり暴走した。  それを封じ込めるために彼の魔導城塞の魔道士達は、すべて犠牲となったのだ。  そういえば、アスタロークがあの魔導城塞から、戻ったあとに気になることを言っていた。 「魔道士達と魔獣達の魂は、お前が浄化したが、そこにゴーレムに封じられた、城主の魂はあったか?」 「たくさんすぎて俺もよく分からなかったけど」 「そうか、怨念に凝り固まった魂であっても、千年もたったのだ。魔道士達の封印の魂とともに、昇天したならばよいが」  しかし、それは希望的な考えだったらしい。  千年の時のながれが魔道士達の封印を弱まらせたのか。  千年たってなお、怨念を忘れぬ魔導城主の執念か。  カインストが魔導城塞に行ったのは間違いない。彼があの最下層にたどり付けたのかはわからない。  わかっているのは、魔導城主の怨霊と出会い、彼は“契約”を結んだのだ。魔獣生成の秘技と引き替えだったのか、人間を滅ぼす器として己の身体を、来るべき日に提供することさえも、その取引の内容だったのか。  そして、カインストの身体に宿った、魔導城主は今、その殻をつきやぶって、本性を露わにした。石の身体を失ってもなお、消えぬ怨霊の身体を。どす黒いもやをまとって。 「見れば魔族ではないか。お前達にはようはない。道を開けろ。  ああ、その前にその忌々しい光の波動を放つ人間の小僧は殺す」 「それはさせない」  アスタロークがヴァンダリスの前に立つ。    ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇ 「魔導城郭の城主よ。すでにあなたの城塞は無く、あなたの民たる魔道士達も天へと旅立った。  あなたも一千年の恨みなど忘れて、解放される時だ」 「忘れる?忘れるだと?お前になにがわかる?若造が!我が積年の恨みを、妻を殺された胸をかきむしるような哀しみを、それがすべて虫けらのように卑小で愚かな人間の仕業だ!千年たとうとも、この怒りは消えぬ!  殺す、すべて殺し、破壊しつくす!我の邪魔をするものは、魔族であろうとも敵だ!敵だ!敵だ!  たとえ昨日までの同胞であろうとも、私を止めたあの魔道士達のようにおまえらも!」  それは一千年前の真実の断片であった。自らの魂で、このゴーレムにのりうつった城主を封じた魔道士達は、まだ人であった頃の城主を止めようとしたのだ。やはり自分達は間違っていると、魔獣を使うことも、城主自らが己が肉体を捨ててまで、兵器となることも。  その彼らの間でのいさかいが原因だったのかもしれない。強引に城主が石巨人に自らの魂を“移植”した果ての暴走だったのか。その真実はやはり千年の彼方であるが。
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