第16話 不死の王の復活

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「殺す、壊す、殺す、壊す。我を阻むものはすべて、破壊し殺しつくし、消滅させる!」  怨霊の黒い霧が固まったゴーレムの瞳が赤くまがまがしく光る。振り下ろされる四つの拳を、四人は跳んで避ける。  ただそれだけでも、半分破壊された城がさらに崩れて、巨大な石が落っこちてくる。それに押しつぶされるようなまぬけな四人ではないが、それでも避けきれなかった分は、アスタロークとヴァンダリスが、片腕をあげて、闇と光の雷光を放つ。ばりばりと落ちてくる石が砕けるだけではない。  そのときブンとかすめた巨人の黒いもやがかった四腕の一つ。その小指の先が消えていた。  普通ならたちまち再生するはずなのに、もやもやと輪廓はうっすら出来ているものの、すぐに形にならないことに、ヴァンダリスは唐突にひらめく。  あの廃魔導要塞の地下実験場の最下層で、魔道士達の魂を天へと送った。そのとき、意識を失う寸前に、残っていた魂が旅立つ瞬間にささやいた言葉。  その光が私達にあったならば……。  光と闇が双方あれば、狂ったあの方を……ただ封じるだけでなく……。 「アスタローク。あの指は、まだ再生しない」 「ああ」  ヴァンダリスの呼びかけに、彼も気付いたようでじっと見ている。 「四腕のゴーレムには、魂だけの状態とならなくても無限の再生の機能があったという。元々土塊で出来た物体だ。崩されても崩されても、いくらでもある大地から再生してしまう」  だから、魔道士達は己の魂で無限の再生能力を持つ城主の魂が宿ったゴーレムを、封印するしかなかったと。 「光が足りなかったと、送り出した最後の魔道士の魂が言っていた」 「ならば」 「ああ!」  二人は双方の手を重なるようにして、光と闇の巨大な一撃を放つ。光と闇の矢はらせんをまいて絡まりながら、巨人の片腕を貫く。  その黒い腕はたしかに霧散し、消えたかに見えたが。「やったか?」とガミジン。しかし、他の残る三本の腕が襲ってきて、四人は再び跳んで逃げる。さらには「ふははは……」とゴーレムが笑う。 「確かに多少は効くがな。しかし、一度は拡散しようとも、いずれはこの身体は再生するぞ」  消えた片腕だが、すでにうっすらと形をとりはじめている。そのあいだに他の三本の腕に足に攻撃されるだろう。一つを消したとしても、他と戦っているあいだに、それはまた形作られてしまう。 「あのゴーレムを操っているのは、城主の怨念に染まった魂だ。それを砕かなければ止まらない」 「なら、全部の身体を砕いちまうか?」  こうなりゃ全魔力そそぐ勢いでとヴァンダリスが言えば、アスタロークは首を振る。 「カインストが最後に言い残した。奴の本体に魂はなく、その外にあると」  それがアスタローク以外の者には聞こえなかった、カインストの遺言だったらしい。 「はあ!?それはどこにあるんだよ!?」  あの魔導城塞に残っていて、遠隔操作でもしていたならおしまいじゃないか?とヴァンダリスは思ったが。 「いや、確実にこの近くにはいるはずだ。それほど離れては、あの巨体を操れまい」  とはいえ、魂なんてどこにあるんだ?そもそも本体にいないなどという用心深さでは、目に見えるもんではないだろう。  が、そこに「さっきから観測してたんですが」とどこにいたやら、ぐるぐる眼鏡の機工師ハーゲンティだ。彼はあの魔導城塞を探索したときのように、眼鏡の上からさらに四角い魔導具をつけている。 「ゴーレムの上に、微弱な魔力反応があるんですよ。ちょうど太陽に隠れるように、あ、今、動いて移動した」  彼はさらに魔法倉庫から、筒のようなものを取り出して、それを空に向けると赤い細い光が伸びる。その赤い光に照らし出されて見えないはずの小さな玉が見えた。周囲にゴーレムと同じように黒いもやが出ている。それはぐるぐる移動して、なんとか逃れようとしているがハーゲンティが「僕の観測から逃れられると思うなよ」とぴったり赤い光を当てている。  ゴーレムもまた焦ったかのように残り三本の腕を振りまわすが、これはガミジンとウァプラの双剣と矛がうなり腕を斬り伏せる。そのそばから腕は再生するのだが。  ヴァンダリスは空に両手をかかげ、アスタロークがその後ろに立ってその両手を包み込むように重ねる。光と闇と相反する二つの力なのに、それだけで自分達の中でぐるぐると回るものを感じる。循環する光と闇の力。それは二人分じゃない、倍どころか、もっともっと強くなれると思う。  螺旋を描き立ち上がるのは光と闇の柱だ。それが小さな点を貫く。  絶叫もなかった。同時に、黒いもやかたまりのゴーレムも風に流されるがごとく消滅していった。  あとには、滅茶滅茶に破壊された城だけが残る。多少の怪我人は出たが、死人は出なかったのが奇跡といえた。  それは崩れる天井をドワーフのザガンがミスリルの盾で支え、落下する人々を残らずベローニャが風の魔法で受けとめていたからだ。老骨?に鞭打って、  そして、ロノウェは傷ついた人々の傷の手当てに駆け回り、最後には疲労こんぱいの老人?二人、ベローニャには魔力、体力ともに回復するキャンデーを差し出し、ザガンの腰には新たな膏薬を追加していた。    ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇ 「おわったな」 「ああ」  ヴァンダリスの言葉にアスタロークがうなずく。ガミジンは「ああ、疲れた」と地面に腰を下ろし「この程度で海の男はへこたれるのか」とウァプラが冷ややかに見る。ハーゲンティは魔導具を顔に装着したまま、あたりを見回し「魔力反応は僕達以外ありませんね」と報告する。  そのとき天からいきなり光がさした。やわらかな女性の声が響く。 「よくやりました、ヴァンダリス、アスタロークよ。あなた達は、別たれた二つの世界の人々の手を取り合わせ、そして千年もの哀れな妄執を打ち倒しました」  「女神エアンナ様!」とガミジンがつぶやき、片膝をついて礼をとり、さらにはウァプラ とハーゲンティ、アスタロークさえそうしている。それで、魔族もこの女神を本当に敬っているのだと、ヴァンダリスにもわかった。  自分も片膝をつくべきなんだろうが、どうにも実感がわかないのと、そもそも勇者に成り代わって振りまわされた、あれこれがひっかかって棒立ちのままだ。 「ヴァンダリス、あなたは様々な困難を乗り越えて、この世界を導き救ってくれました。そんなあなたに、私からの祝福を一つ。なんでも願いをかなえましょう」  なんでも?とヴァンダリスは思う。それが世界をくれとかならどうするんだ?と考えるが、そんなことを言う人間も魔族も、女神は祝福しないだろう。  アスタロークが生き返ったのも、実はこの女神の祝福だったのだと聞いた。彼は自分の命を惜しんだのではなく、まだ後継者が育っていない里の将来を考えて生き返ることを選んだというから、どこまでも真面目人間だ。  なんでもなんて、ヴァンダリスが迷わず選ぶことなんて一つだ。  そのとき片膝をついて頭を垂れていたアスタロークがはじかれたように顔あげて、こちらを見るのが見えた。紫の瞳と真っ直ぐ見つめ合う。 「アスタローク」 「ヴァンダリス……」  自分の名を呼んで、口を開きかけて、そして口を閉じる。  ああ、彼は自分が言うことがわかっていて、止めたくて、でも、止めることは出来ないのだろう。  それが正しいとわかっているからだ。  本当にどこまでも生真面目な男だ。  だが、そんな男だから……。 「俺、あんたのことが好きだった」  愛人でも妻でも本妻でもないけど。  恋人は認めてやってもいいかな。 「こんなことは一度しか言わないけど……」  いや、最後だから言っておきたいのだ。たとえ照れくさくても、小っ恥ずかしくても。 「アスタローク、愛してる」  鮮やかな笑顔をうかべ、ヴァンダリスは女神の声が聞こえた天を見上げて声を張り上げた。 「すべてを正しい形にすることを望む。俺と親友の身体と魂を元に戻してくれ」  たとえ、それがあの処刑される瞬間であってもだ。  「ヴァンダリス!」とアスタロークがさけび、こちらに駆けてきて手伸ばす。  この男と過ごした思い出があるなら。  幸せだと思った。  そして、アスタロークの手が触れる前に、ヴァンダリスの身体は光に包まれて消えた。
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