第1話 勇者から王様へのジョブチェンジはしたくありません

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 どう考えても、これは怒っている。激怒している。  やばいとヴァンダリスは寝椅子から立ち上がり、“元”魔王からも逃げ出そうとしたが、その前に、その身体はすくいあげられるように、アスタロークの長身の肩へと。 「うわっ!」  大股に歩き、いくつかの部屋をぬけて、寝室につくなり、寝台に放り投げられる。 「なんだよ!」 「ゴースの王城には明日からお前は通わなくていい」 「いや、あそこまでされちゃ、俺も明日はいかないつもりだけど」 「明後日も、その次の日もだ」 「え?」  「なぜなら、お前は私と寝台に籠もるからだ」と口づけられた。    ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇  こいつキス好きだよな……と噛みつくみたいに、口づけられながらヴァンダリスは思う。  ベッドの中だけではなく、なにかにつけて口づける。それはお帰りの頬へのキスだったり、労るような額へのキスだったり、親愛を現すように指先や手の平に口づけられたり。  初めは小っ恥ずかしいと拒んでいたヴァンダリスも、アスタロークと恋人になって、いつのまにかごく自然に受け入れるようになっていた。  この間、家令のビラルやメイドのアナベルの前で、お帰りと頬にキスされて、ただいまと自分もごく自然に返したときは、次の瞬間に気付いて真っ赤になって自室に飛び込んで、しばらく閉じこもっていたぐらいだが。 「ふぁ……んぅ……」  そして、いつも沈着冷静で一見無表情な人形めいてみえる、アスタロークのキスは実に雄弁だ。今なんて食べる勢いでがっぷりヴァンダリスの口に食いついて、舌を絡め取っている。本当に食われるんじゃないか?とさえ思う。  鼻で息をしている場合でも、息継ぎの機会も与えてくれない勢いに、首を左右に振ってしつこい口付けから逃れる。「ぷはっ!」なんて、マヌケな声をあげて、そして、今度はのけぞる自分ののどに歯を立てる男の頭に手を添えながら。 「なに怒っているんだ?俺はちゃんと逃げてきたって…あっ!」  痛いぐらい吸い付かれて声をあげる。それもレースがたっぷりの襟でも、隠れるか隠れないかのギリギリ。こいつワザとだなと思う。 「お前に他の者を向けられた。それが気に入らない」 「そんなの俺のせいじゃないだろう?この暴君!ひゃっ!」  悲鳴をあげたのは、浮き出た鎖骨に噛みつかれたからだ。これ明日、自分は歯形だらけになってないか?と思う。 「こら、本当に俺を食べるつもりか?」  ぐいと黒髪の一房を引っぱって顔をあげさせれば、意外に暗い紫の瞳に息を飲む。こいつ怒ってるだけじゃなくて、なんか悩んでいる?  「なんだよ?」とひっぱっていた髪から手を離して、その精悍な頬に手を滑らせてやれば。 「お前は女子供に甘い」 「……その自覚はあるよ」  メイドのアナベルにも、この屋敷の衣装係のメイド達にもやられっぱなしだ。今や嬉々として宝石やらレースやらもってくる彼女達に悟りの境地だ。 「その伯爵令嬢とやらが服を脱ぎだして、お前は慌てて逃げ出したと言ったな」 「そうだよ」  だから逃げたんだからいいだろう?とヴァンダリスは言いたかったが。 「もし、本当に逃げられないような状況であったなら、お前はどうした?これが逆らえぬ命令だからと、自分を抱いてくれと懇願する、己の淑女らしからぬ行動にも恥じ入り涙を流す、うら若い女性にだ」 「…………」  たしかにヴァンダリスは「近寄るな!」と彼女に怒鳴ることは出来ないだろう。色仕掛けの悪女ならば逆に突き放すことも出来るが、そういう真摯さには弱い自覚はある。  しかし、ヴァンダリスは急にむかついた。  「おい……」と自分でもわりあい低い声が出た。両手で男の頭をがっしりつかんで引き寄せて、そうして互いの顔の焦点がぼやけるほどの、間近で見る。ヴァンダリスの蒼天の瞳と、アスタロークの紫の瞳がかっちりと見つめ合う。 「いくら懇願されようと泣かれようと、可哀想だとは思うが、俺は絶対に彼女は抱かない」 「あんたがいるんだからな」と続けたら、紫の瞳が見開かれた。ふふんと鼻で笑い、つぎに「馬鹿にするなよ」と本気で怒って、今度はぐいと男の顔を突き飛ばす。 「目の前に哀れな女の裸があるからって、ほいほい手を出すような男だと、俺のこと思っているのか?  この俺があんたに抱かれてやっているっていうのに」  挑むような瞳で見れば「お前はこの髪の先から、足の先まで、すべて私のものだ」なんて執着バリバリの言葉で、紫の瞳で射貫くようにヴァンダリスを見た。  だけど、ヴァンダリスの手をとって、その手の平に口づけるのは、まるで騎士が姫君に忠誠を誓うようにうやうやしく。    ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇ 「は…あ…っ……!」  すべて自分のものだと宣言したとおり、アスタロークは、ヴァンダリスの全身を執拗に愛撫した。それこそ本当に、髪の毛の先から足先まで。  身体をひっくりかえされて、背中に口づけられて、こんな場所感じるのか?ってのけぞった。たしかにいつも大きな手に背筋を撫で上げられて、ぞくぞく感じたことはあるけど、肩甲骨の浮き上がりに口付けを落とされて吸われて、声をあげた。  他にも腕の内側の柔らかい部分とか、手首とか、指先とか。いや、いままで抱かれて唇が触れたこともあるけれど、確認するかのように執拗にされて、肌が粟立つ。  いや、この男だから、こんな……に?と考えたら、今度は身体だけじゃなくて、胸の奥がきゅうっと切ない痛みに震えた。手の指のまたのあいだをちろちろと舌で舐められて、声をあげていた。  今はアスタロークはヴアンダリスの左足首をつかんで、くるぶしに口づけて、さらには足の甲なんぞに唇を押しつけて、さらには小指をあめ玉みたいに口に含んで。 「いい加減、しつこい!」  ヴァンダリスの中心はとっくの昔に立ち上がり、とろとろと蜜を流して濡れそぼっている。肝心の場所だけには触れない男の愛撫に焦れて、己の手を伸ばせば、そのたびに「ダメだぞ」とやんわり止められた。  今だって足に集中してるかと思って、そろそろ片手をやれば、あと少しでふれる前に男の手にとらえられて指をからめられて、もとより短気なヴァンダリスはブチッとキレた。  愛撫されていた足で蹴るようにしたら、ひょいと避けられるのは計算のうちだ。自由になった両足でぐいと男の腰に絡ませて引き寄せる。 「来いよ」  尻にあたる男の欲望にニヤリと笑う。そっちだって、自分に触れながら十分に熱くなっていたんじゃないか?と。  だが、その笑みも一気に貫かれる熱に「ああぁあァアアッ!」という甲高い嬌声に変わる。  ヴァンダリス自身には触れなかったクセに、最奥には香油をたらし執拗に指でかきまぜておいて、いよいよいと期待したら、太ももに口付けふくらはぎに噛みつき、まさか?と思えば足に口づけだしたのだ。この意地悪な男は。  だから、ここまで挑発的にねだっても、まだ焦らそうとするんじゃないか?そのときは尻にあたる、男の熱を痛いぐらい握りしめてやろうか?なんて考えていたら、今度はいきなりいれられた。  さっきまで指を複数くわえこんでいたのだから、一気に突き上げられても、痛みなど微塵もない。むしろ慣らされた身体は、男の熱を歓喜で迎えて、全身がぴくぴくと知らずはねる。 「っ……!」  そして、指一本ふれられてなかった、ヴァンダリスの欲望もはじける。いれられただけで……と負けず嫌いが頭をもたげる。  自分の腹を濡らす白いものをわざと手で塗り広げるようにして、情欲の炎が揺れる男の紫の瞳を見つめて、艶然と微笑んで。 「あっちぃ……あんたので腹いっぱい…だけど…もっと…くれっ…ひゃっ……アアアッ!」  グンと突き上げられて揺さぶられて、一度達しても抜かないまま、二度、三度通り越したときに、ちょっと挑発しすぎたか?と思った。    ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇  アスタロークの寝室というより、もはやヴァンダリスも毎日ここで寝ているのだが、その天蓋のカーテンは深い青で、締めきってしまうと昼なのか夜なのか?そして、海の底に閉じこめられたような気分になる。  それはけして悪い気分ではなく、まどろみのなか目覚めて、自分を腕に抱く男が寝ていることに、まだ夜明け前かと、そのまま再びその胸に顔を伏せて眠ることだって珍しくもない。  ないけれど……。 「今、昼なのか?夜なのか?」  アスタロークの手によって、目の前に差し出されたブドウの房にかぶりつく。月明かりの隠れ里は銘酒の産地で、ブドウ栽培も盛んだ。  寝っ転がったまま物を食べるなんて、病人でもない限りは、行儀が悪いのだろう。人界の国なんかでは寝椅子で優雅に飯を食う風習なんかも、あるにはあるが。 「食事のあとにお前のすることは、私と抱き合うことだ。昼も夜も関係ない」  「うわ~堕落した言葉」とヴァンダリスはクスクスと笑う。  実際、ヴァンダリスの感覚として、この二日ぐらい、寝台から降りていない。というか、アスタロークが出してくれない。  食事は部屋に運ばれてきて、ワゴンごとアスタロークが寝台のところにもってくるのだ。身体を清めるお湯に布も同様。浄化の魔法があるんだから、それを使えばいいのに、今回に限ってアスタローク自ら、ヴァンダリスの身体を丁寧にぬぐった。どこまでかいがいしいのやら。ま、二日もベッドの上にいるので結局、浄化の魔法を使ったのだけど。  ブドウを食べて満腹になったら、うつぶせの身体に男がのしかかってきて、うなじに口づけられるのに「ん……」と声をあげる。 「なに?まだヤるの?」 「一度試してみないか?」 「なにを?」 「どちらかが音をあげるまでだ……」  自分のうなじに口づけたままクスクス笑う男に、ヴァンダリスは目を見開いて、後ろ手に男の頭を引き寄せて、その耳元に口付けながら。 「上等だ。俺がそう簡単に降参すると思うなよ」  で、勝負なんて結局決着がつかず、ベッドから抜け出たときに五日もたっていたことに、呆然とするヴァンダリスだった。  退廃的過ぎるだろう!
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