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第2話 ガラじゃないといいながら、意外と有能
六日後、ゴース王国王宮に現れたヴァンダリスの姿に、城の人々は騒然となった。
転送陣がある小部屋から、執務室へと続く扉を開けたヴァンダリスに、おそらく不寝(ねず)の番をしていただろう騎士が飛び上がり「おかえりなさいませ!勇者殿!」と最敬礼をして、部屋を急いで出て行った。
めんどくさいことが起こりそうだ、このまま転送陣に逆戻りして、里に帰っちまおうか……という気持ちを我慢して、執務室の椅子にどっかりと座る。
執務机にはこの五日間にたまったのだろう、国王から魔界への親書やら、自由都市からのあらたな交易の要望なんかの書類が詰まれている。ホント、自分はこういう書類仕事に向いてないんだわ……と内心つぶやきながら、最初の書類に目を通す。
侍従がもってきてくれた茶に口をつけながら、西の森の国、ガシュタイン王国はカーク王の親書に目を通す。自国の葡萄酒の味をさらに上げたいので、魔界の月明かりの隠れ里の助言を聞きたいという。
あの王様、たんに自分が飲みたい酒を造りたいだけじゃないか?書状をひらひら指でもてあそびながら、ヴァンダリスはピンと思いついた。
助言といったって現場を見なければわからないが、いまのところ、人界と魔界との和平がなっていることを知る人間は王侯貴族と自由都市の市長と幹部連中に限られている。だから、人界へ魔族が直接行く訳にはいかない。
ならば、逆はどうか?と思う。人界の見所ある者を魔界へ“留学”させて、魔界が人界と変わることのない生活をし、むしろ洗練されている文化と技術を持っていると知れば、その見方も変わる。
それにいくら魔界に行ったことは他言無用と禁止したところで、人の口には錠前はかけられない……なんて言葉があるぐらいだ。絶対に誰かに話す。それが静かに浸透したころに、魔界との和平がとっくに結ばれていたと民衆に発表すれば、人々は自然に受けとめられるんじゃないか?
それは、次の北の島国アビリオンのリズ女王からの親書を見て、ますます人界から魔界への留学は要検討だな……と考える。かの女王の要請は、魔界からの交易品である朝露の薔薇の化粧水やクリーム。その製法知りたいとのことだった。かの北の国では庭園文化が盛んで、薔薇の栽培も発達しているが、やっぱりこれ、自国の産業の発達だけじゃなくて、女王の目尻のしわ……とまで考えてやめた。女に対して年齢の話題がやばいのは、魔界の姿は子供のババア……ごほごほ、大魔法使いのベローニャを考えるまでもない。
留学の件は魔界の八大諸侯に要相談だな……と思う。というか、その八人目の商業都市のソドラの大君(タイクーン)の座は、まだ決まってないんだよな……と、ヴァンダリスは顔をしかめる。まあ、魔界にももめ事はある。
魔族の数は人界にあふれる人間達より、はるかに少なく、諸侯によってよく統治されているというのが、ヴァンダリスの印象だ。魔界の治政が人界よりはるかに洗練されているのも結局のところ、その数の少なさにあるのだ。
絶対数が多くなればどうしたって、管理しきれなくなってくるし、はみ出し者の犯罪者や政治への民衆の不平不満だって多くなる。その果てに戦争があるのだが。
もう一つ人間と魔族の寿命の差もあるだろう。人間はたかが百年。魔族は千年以上。人間の王が百年どころか、数年ごとにコロコロ変わるような国があるのに対して、魔族の諸侯は数百年統治者が長く変わらないということは、安定した治世につながる。
しかし、この寿命ばっかりはどう逆立ちしてもどうしようもない。とそこまで考えて、普段は気にしないアスタロークと自分の年齢もふと考えてしまった。
アスタロークは魔族にしてはまだ若造の三百才そこそこ、ヴァンダリスは二十歳を過ぎたばかりだから、人間としては同じく若造の部類にはいるだろう。
しかし、自分がどこまで生きるか分からないが、百年以上なんてことはないだろう。そのときアスタロークはまだ四百才にも達していない。魔族の寿命が千年以上としたら、まだその半分以上残っていることになる。
────自分が死んだあと、あいつはどうするのだろう?
そこまで考えてヴァンダリスは首をふる。考えたって仕方ないことだ。そしてヴァンダリスには勇者の記憶も知識もあるが、気持ちとしては女神の奇跡で幻となった、処刑された盗賊ネヴィルの考えが実のところ強い。
貴族や金持ちから金を盗んで、貧しい民にばら巻いて義賊と呼ばれて浮かれていた若造。だけど、それでも、その日、その日を精一杯生きていたと思う。明日のことなど考えられない身だというのもあったが。
つまりは考えてもしかたない先のことなどあれこれ思案するより、目の前のことを片付けろというのがヴァンダリスの人生の指針であった。
そして、ヴァンダリスが“帰城”したという知らせに、大臣や上位の貴族の馬鹿者どもが、執務室に押しかけてきた。彼らは口々に先日の非礼をわびたあげく。その一人は「あれはあの娘が勝手にやったこと」などとほざいて、ヴァンダリスの形の良い眉をぴくりと跳ね上がらせさせた。
「いいか、俺は一度しか言わない。今後、あんなふざけたことをするようなら、執務室を他国に移して、そこを窓口とする」
この通達には大臣も貴族も真っ青となった。勇者が他国に移っては、王不在のゴースは強力な権威をなくしたも同じだからだ。「どうか、そ、それだけは……」震える大臣以下に、ヴァンダリスは続けて告げた。
「それから、お前らに命じられて涙目で俺のところにやってきた娘に、すべての責任を被せて修道院送りなんかにもするなよ!
空っぽ頭の馬鹿どものお前達だから、妙な誤解して、あの娘に俺が情けをかけたと期待するのも無しだ!
とにかく、俺のところに女はおくってくるな。他国に執務室移すどころか、魔界から出てきてやらんぞ!」
正確には出てこれなくなるだ。あの元魔王が、本当に魔王になって、真面目に寝台で一生監禁となりかねない。
「わかったら出ていけ!」と怒鳴られて、転げるように大臣や貴族共は執務室を出て行った。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
五日間のたまった書類をヴァンダリスは片付ける。とりあえず思いついた、魔界への留学案件にひっかかるような要望は要案件の箱に放り投げて、大半は不採用というゴミ箱に放り投げた。
不採用の半分は教会や法王国関連からの魔界との断交を今すぐしなければ、女神の怒りに触れるうんぬんの脅迫状。あとの半分は魔界の品を独占販売したいという、強欲な自由都市や豪商からの要請。
午後となり、アルバルト大公爵が面会を求めていると、秘書官より報告を受けた。
「こちらへお呼びになられますか?」
「いや、こっちから行った方が早いだろう。今からうかがってもいいか聞いてくれ」
アルバルト大公爵は、国王不在のゴース王国において、現在摂政という名の国王代行を務めている。老齢のあの方をひっぱり出さなければならないほど、他の大臣達も貴族もあてにならないということだが。
いや、まあヴァンダリスを国王にどころか、女をあてがって無理矢理ひっぱりこもうなんて、不毛な画策に時間を費やしている時点でお察しである。それより、この国の事案の一つでも解決しろといいたい。辺境の村にかかる壊れかけた橋の一つでも、修理しろだ。
勇者様の慈悲におすがりしたいと、ここまで村長の手紙が来ている。もちろん、ヴァンダリスは即対応の箱にそれを放り投げたし、今からのアルバルト大公爵との対面で、口添えしなければと、その書状を箱から拾い上げた。
摂政、国王代理の大公爵と勇者の地位や権威というのは、この王宮において対等というより、勇者のほうがわずかに上とみられている。だから、大公をこちらの執務室に呼びつけてもかまわない。
しかし、王宮の長い廊下を老齢の大公に往復させるのは気がとがめる。
それにだ。ヴァンダリスが老大公を呼びつけることで、勇者のほうがやはり地位がうえだと誤解して、実質国王代理のあの方をないがしろにするような雰囲気が出来てもいけない。
「なんつーか、ほんとガラじゃないよな」
そういう政治的配慮とか、権謀術数とか自分に向いてないとため息をつくヴァンダリスだった。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
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