not a dream but reality

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 ……青年を真っ先に否定したのは、ノアと一番仲の良かった、幼なじみのフィンレーだった。十二歳になった、とある夏の日。彼は仲間を図書館に呼びつけ、分厚い本を机に置いた。 「あいつの名前、オシーンだっただろ? それに、自分ことを詩人だとか何とか言って、それ以上教えてくれなかったし。おれ、なんか怪しいなぁって思って、ちょっと調べてみたんだ。そしたらさ……」  パラパラとページをめくる手が、本の中ほどで止まる。その紙の上には、確かに「オシーン」の文字が躍っていた。「三百年の月日を、異界で過ごした詩人」……。そこから先に書かれていることは、現実の世界とはかけ離れた、実に突拍子もない話だった。 「これ、アイルランドの神話の本なんだよ。だからあいつの話は、神話をもとにしたでっち上げだったんだ。アイルランドの本当の歴史だとか言ってたけど、実は全部嘘だったってわけ」  フィンレーがそう言うと、マシューやアイリーンも納得したように頷き始めた。この二人も、心のどこかで青年のことを疑っていたのだ。 「確かにあの人、嘘を本当のことみたいに語ってたもんね。影の国の女王だとか、一人で何百人の戦士を相手にする英雄だとか、普通に考えておかしいし」 「私もそう思う! 私たちが子どもだからって、きっとだましてたんだよ!」  アイリーンが同意を求めると、エリスも首を縦に動かす。普段は穏やかな彼女も、このときばかりは怒っているような気がした。 「オシーンの嘘つき……。ずっと信じてたのに……」  エリスはオシーンと仲が良く、友人以上の感情を抱いていた。だからこそ、嘘をつかれたという事実が、何よりもショックだった。彼女の頬を、透明な涙が流れていく。 「ひどいよ、オシーン……!! どうして嘘なんかついたの……!?」  顔をぐしゃぐしゃにして、彼女は泣きじゃくる。そんな悲しい背中を、しっかり者のマシューがそっと撫でた。 「泣かないで、エリス。オシーンは嘘つきだったんだ。『必ず戻ってくる』って言うのも、きっと嘘だよ。だから……、もう、忘れようよ」  ノアの仲間たちは、オシーンの話を否定した。湖のほとりでアイルランド島の過去を話してくれた、美しい顔の儚い青年は、ただの嘘つきに成り下がった。 「クー・フリンもフィン・マックールも、この世界にはいなかったんだよ。あの人はただ、ぼくたちのことをからかっていただけだ……」  エリスに語り掛けるマシューの顔も、それを見つめるフィンレーやアイリーンの顔も、どことなく沈んでいた。信じたい者を疑う。これが、成長するということだった。 「違う」  ――しかし、ノアだけは違った。彼だけは、オシーンを否定しなかった。 「オシーンは嘘つきなんかじゃない。オシーンの話は本当だ」 「……ノア、何言ってんだよ。あいつの話はでたらめなんだってば」  フィンレーはしつこく本を指差し、ノアに現実を認めさせようとした。彼は本のページをめくって、「クー・フリン」と書かれた項目を開く。 「見ろよ。クー・フリンだって、ここにいる。あいつは本物の英雄だって言ってたけど、やっぱり嘘なんだよ」 「違う」 「何だよ! だったら、このページは? 『フィアナ騎士団のフィン・マックール』! ほら、こいつも神話にしか出てこないんだよ!」 「違う!」  ……一番の親友に何を言われようが、ノアは頑なに否定した。首を大きく横に振って、怒り顔のフィンレーに飛び掛かる。 「違う違う違う!! オシーンは嘘つきなんかじゃない!! クー・フリンもフィン・マックールも、全部全部本物だ!!」  ぼろぼろと涙を零しながら、ノアはフィンレーの肩を掴む。信じられないほど、力強い握力だった。 「オシーンは必ず帰ってくる!! 絶対に絶対に、あの湖に帰ってくるんだ!!」  図書館の静寂を砕くように、ノアは腹の底から叫んだ。青年の美しい緑眼を裏切らなかったのは、ついに彼だけだった。
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