アウフヘーベン

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アウフヘーベン

「で?話を聞いてやろう」 「突然何を言い出すお前は」 勘解由小路焔魔は、息子の降魔と向かい合っていた。 「要するに、あれだ。反抗期だろう?体が変に縮んだ理由はズバリそれだ。そうだろう(ベル)。仏の子なら何としようって奴だ。釈迦殿が教え間違えて、千々の仏が湧いた感じかそうだろう」 こいつは何を言ってるんだ。 へし折った庭の柏の木が頭に当たっちゃったんだな可哀想に。 勘解由小路は勘解由小路ですっとぼけたことを思っていた。 「思えば、ガキの頃からお前は俺の言うことを聞かなかった。トキにオーラルを仕込まれ、高校に入るといきなりお下げ眼鏡のおっぱいを家に連れ込んでいた。明け方近くまでバコバコフンフン言ってたろう。俺とママちゃんがしているのを見たのはお前が5つの頃だ。それが原因だ。阿闍世(あじゃせ)コンプレックスだろう。お前がママちゃんに抱いている感情の奥底にあるのは」 阿闍世コンプレックスは、思春期に見られる母親への愛憎半ばの感情を抱くコンプレックスの1種で、エディプスコンプレックスの異種ともいえる情動の発露だった。 主に、精神が未熟な時期に母親の性交を垣間見ることから始まる。 どうしてくれよう。この馬鹿馬鹿しさを。 「言っておく。5歳じゃない。生まれる前にお前等がバコバコしてる音を聞いていた。阿闍世コンプレックス?俺が手足をぶった斬られて箱に押し込まれるJCに見えたのか。残念ながらここに魍魎はいないぞ」 2歳児はにべもなかった。 「そもそもお袋に対して、俺は何とも思っていない。むしろトキのおっぱいから年寄りの匂いがした時に。俺の家族って奴等は揃いも揃ってしょうもないとな。我が身に省みるまでもなかった」 ああそうか。焔魔は言った。 「親父とトキだったのか。思えばお前は親父のお気に入りだった。トキか。エロいおばさんメイドを欲したんだな。だがお前が大人になった時、もうトキはババアになっていた。お前、25か6の嫁貰ったな?ババアが駄目なら同じような年頃のエロ嫁か。結局トキかお前は。あのおっぱいから離れられんのだな」 堪らず2歳児は立ち上がった。 「ピンぼけたことをズラズラと。トキはにやったし、マコマコはトキに全く似ていない。今更お前とアウフヘーベン的対話をする気はない。さっさと帰れよ。さもないと、勘解由小路焔魔は朝起きた時自分が1匹の毒マムシになってるのを確認するかも知れんぞ?」 アウフヘーベンというのは、相反する2つのテーゼを複合させ、高めるという哲学的な概念だった。 かめはめ波撃ちたい。でも漫画だし。 じゃあ亀仙流に入って修行だ。というのがアウフヘーベンだった。 ソクラテスもかつてやっていたという。 だからといってソクラテスが亀仙流の門戸を叩いた訳ではないが。 「まあ気持ちは解るが、もうちょい父ちゃんと親子の会話しない?あとあいつって?誰?」 「俺がまだ小学校に上がる前、お前が日本の大学で教えていた時こさえたもんだ。あいつのことが知りたいのか?」 あん?うー。うん。焔魔はすっとぼけて言った。 「あいつはどこにいる?」 物凄い小声でコッソリ聞いてきた。 「お前が絶対に存在を認めん世界だ。連れてってやろうか?多分会えんが。俺ですら無理だったんで諦めた。何だ、自分が浮気して出来た子供が心配か?安心しろ。あいつは、一魔はそこで元気いっぱいにやってるよ。トキも探してるようだぞ?」 「そうか。元気にやっているのか」 うすらとぼけていたが、父親は嬉しそうだった。 絶対認めんだろうな。一魔が魔王になってるとは流石に思うまい。 俺もアースツーに飛ばされてたまげたぞ。 あいつ、一魔の分際で伝説の魔王になってたとはな。 「まあいい。そんなことより俺の変化について考えよう。いきなり2歳児になってマコマコはしがみついているしトキは当然のように俺に執着しているんだが。まあ、左手が動くし走れたのはよかったんだがな。考えられる理由としては、ジョナサンところの眼鏡おぼこかクロノスだろう。だが違う。俺はぶるあああああ!と叫んでないし、クロノスが来れば霊気ですぐ解る」 「何言ってんだ?お前は」 「まあいい。お前が知っていても何の意味もない。ならば答えは簡単だ。思えば、ガキの頃からずっと視線を感じていた。俺の出自って奴はどうなってるのかと思っていた。ジジイ、お前と有り得ない人材の中で生まれ育った訳だが。そうだ、マコマコだ。父親の精を身に宿し、魂を分けて育ててくれた存在を失念していた。有り得るのか?そんなことが。ブロッケン工房のワルプーーあん?」 更に、勘解由小路の肉体に変化が起きていた。 変わり果てた息子を、焔魔は見つめていた。 「これはつまり、あれか?もう一度お前を育てると?オムツ履くか?降魔」 勘解由小路は、極めてふてぶてしい赤ん坊になっていた。 「流石にこれはなあ。マコマコいませんかー?今だから声を大にして言える。マコマコ!おっぱいをくだちゃい!不味い口調まで。おおおぎゃああああ!」 あの勘解由小路が、赤ん坊になって泣いていた。 赤ん坊勘解由小路を抱き上げたのは、 「おおママちゃん。よく解らんが、いいのか?これで」 「ええ焔魔君。降魔は育ち直すことになるの。半身の麻痺もハデスも関係ない、完璧な教育を。次は君も若返らなきゃね。ちょっとそこにいて」 あん? 首をかしげたまま、焔魔の姿は消えた。 「まあ可愛い。私のおっぱいはいかが?」 勘解由小路の実母、露香は、心底冷えた目で我が子を見つめていた。
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