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そんな閻魔の無茶な要求に答えてはや半年が過ぎた。
「ふんふんふーん」
栄司は慣れた手つきで地獄行きの死者たちを迎えに行く前にバスをピカピカに磨く。磨かれた皮の座席シートは鈍い光沢を放ち清潔感を保っている。
続いて窓ガラス。こちらも霧吹きで窓を濡らしてから染み一つない布巾で何往復もする。
「ふぅ。こんなもんかな」
バス内の清掃を終え一段落する。
バスの清掃は義務づけられたものではない。
ただ、少しでも快く地獄へ行ってくれるように乗り心地くらいは良くしないとという自分の考えから出た行動だった。
「今日もたくさん地獄へ送るぞ!」
綺麗な状態の座席は送迎が開始されて三十分も保たれなかった。
地獄行きの停留所にて、ドカドカと死者たちが乗っかってくる。
「野郎! 俺は地獄なんてお断りだ」
「そうだ! なんで俺たちが地獄行きなんだよ!」
「降ろさねぇと酷い目に会わせるぞコラァ!!」
さすが地獄行きのバスに乗る乗員。全員もれなくガラが悪い。
降ろせだの天国へ連れてけだの地鳴りしそうな怒声でこちらを威圧する。
終いには全員が天国へ連れてけとバスジャックを始めた。
バスに乗ったのはこのためか。
しかし、栄司はこの人たちを地獄へ送り届けないと天国へいけない。
このくらいの怖さで怯むわけにはいかないのだ。
「運転中は席から立ち上がらないでください」
栄司はそうアナウンスしてハンドルを大胆に回す。
あり得ない角度までバスが斜めに傾く。
そしてバスはアンバランスなまま右へカーブ、左へカーブ。
猛スピードで爆走しつつドリフトを連発。
席を立っていたバスジャックの死者たちはバス内でもみくちゃにされ、やがてあまりの運転に一人嘔吐きだすと二人三人と嘔吐きが伝播していき、地獄へ到着する頃には全員大人しくなっていた。
「ご乗車ありがとうございました。足元にお気をつけください」
ヨロヨロと無抵抗で地獄へ向かう死者たちを見送る。
「もう勘弁してくれ」
「バス怖いよバス」
「地獄よりも地獄だった……」
ところどころでそんな声が聞こえた。
自分の運転はそこまで酷いものなのか。
自分ではよくわからない。
しかし、運転って楽しいな。
「よし。今日も無事に地獄へ送り届けた」
今日の分の仕事を終え、心地よい達成感を味わう。
「あともう少しで千人目だな」
この調子なら天国行きも夢じゃない。
天国行きの日は近い。そう思うと明日も頑張れる。
栄司はボロボロになった車内の清掃作業に移った。
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