10人が本棚に入れています
本棚に追加
地獄に落とされて数年が経過した。
運転手だった頃がいかに恵まれていたか実感する。
針の山を歩き、血の海に溺れ、釜で茹でられる日が続き、苦しいという表現では生温い感覚を味わった。
死を切望する毎日を栄司は過ごしていた。
地獄にいる者は生まれ変われない。永遠に地獄の中を彷徨い続ける。
死ねないのなら消えてしてしまいたい。
何にも生まれ変われなくてもいい。
ここにもういたくない。この苦しみから解放されたい。
例え解放される手段が消滅だとしても。
立っている力も失せ、栄司は横に寝転がる。
瞼が重い。目を閉じる。このまま消えてしまえたらどんなに楽か。
しかし、真っ暗に閉じた闇の世界に似合わない軽快な音が鳴った。
「何の音だ……?」
何かがこちらに向かってくる。
パーッ!
軽快で響き渡る大きな音。
この音は自分が運転していた時に何度も聞いた。クラクションだ。
クラクションの音はだんだんと近くなり、やがてピタリと止んだ。
なんだと思って目を開けると、そこには真っ白なバスがあった。
「なんだ……バス……?」
地獄には似合わない純白のバスに戸惑う栄司。
自分が運転してきた地獄行きのバスは真っ黒な色をしている。
このような色のバスは見たことがなかった。
すると真っ白なバスの運転席からひょこっと顔が覗いた。
「天国行きのバスへようこそ」
窓から覗いたのは栄司が天国へ送り届けた少女だった。少女はバスと同じく真っ白な運転服を着ている。
「迎えに来ましたよ、運転手さん」
「君は……」
「輪廻転生もいいなって思ったけど、ここでやりたいこともできたので、運転手になっちゃいました」
そう言って笑う少女に栄司は涙ぐんだ。
「さあ、記念すべき一人目のお客さん、天国にご案内します」
真っ白なバスはふわりと空を飛び立った。
慣れない運転なのか、バスは右へ左へと揺れる。
いつぞやの自分の運転を思い出し栄司は天国までの道のりを懐かしさで胸を満たしながらバスに揺られるのだった。
最初のコメントを投稿しよう!