第一話 災いは唐突に扉をたたく

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 一方、その頃会議の間から出て、王の執務室にて、椅子に座るロシュフォールを前に、レティシアは机をはさんで立っている。 「王太后の逃亡の目的はわかるか?」 「さて、ご本人ではないのでなんとも。ですが、お聞きしている王太后様のご性格からすれば、外に出て自由に遊び回りたかったというのと、一度、破れた夢をもう一度というところでしょう」  レティシアらしくもない詩的といえる表現にロシュフォールはくすりと笑う。机に両肘をついて、指を組み、そこにあごを乗せて。 「夢を見るだけはタダだが、それが現実になると思ってもらっては迷惑だ」  王太后の夢とは、自分の思い通りとなる者を王位につけて、己が影の実力者としてサランジェ国を操ることだろう。夢というにはあまりにも即物的だ。  十年前の王子達の暗殺は、子の無い彼女の王子と愛妾達憎しという感情もあっただろうが、その野望もあったのだ。実際、彼女は次の王として、自分の甥にあたる赤ん坊をボルボン国から呼び寄せようとしていた。  そこで「あ……」とロシュフォールは気付く。当時、赤ん坊だったその子は、王太后の反乱の失敗によってボルボン国に留められたまま。年齢は十歳だろうから、今、王位についたとしても後見人は必ずいる。そう王太后とかだ。 「ボルボン国の狙いはそれか?」  今さら王太后の脱走に手を貸したのは、その子供を利用して、我が国に揺さぶりをかける目的か?と、目の前の氷の瞳と目が合えば、切れ長の大きな瞳が、ふっ……と気まぐれなネコのように細められる。いや、とびきり美しい銀狐か。 「よく、おわかりになられましたね」  まるきり家庭教師に正解だと言われた気分だと思いながら、ロシュフォールは腕組みをする。 「しかし、俺が王位について十年だぞ。いまさら蒸し返すか?」 「戦争の理由をつくるのに今さらもありませんよ。どんな言いがかりでも、とにかく、切っ掛けがあればいいんですから」  過去の大陸の戦争の原因のほとんどは領土問題にあり、そして、その争いの大義名分は王位や爵位の継承権にともなう問題だと、レティシアはつらつらと語る。 「大陸の争乱の歴史の基礎の基礎ですけど?」 「どうせ、俺は家庭教師の授業をすっぽかしていたよ」  ロシュフォールは唇を子供のようにとがらせるが、内心では少しは真面目に聞いておけばよかったと、こんなとき思う。 「しかし、また戦争か?」  ギイ将軍の反乱の直後に、サランジェと北東の国境を接するゲレオルクと戦ったばかりだ。それで今度は南西のボルボンを相手にするのか?とロシュフォールはゆううつに眉根を寄せる。 「いえ、戦争はしません」  レティシアがあっさりと言う。「戦争は悪手中の悪手です」とも。 「ゲレオルクとは戦ったではないか?」 「すでに剣をふり下ろそうとしている相手に、交渉をしたところで、むざむざと斬られるだけです。それにゲレオルクは、前々から戦の準備をしていたわけではない。レオ将軍の反乱に乗じた火事場泥棒のような動機でしたから。  短期決戦になることを見越して応じたまでです」  「それに今回は絶対に戦を避けたいのです」というレティシアが語った理由に、ロシュフォールは片眉をあげた。    ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇  王太后逃亡から半月後、ボルボン国から一通の、宣戦布告ともとれる書状が届いた。  それはロシュフォールの王位を完全否定するものだった。すなわち、前王亡き後の王位継承の決定権は王太后にあり、彼女から認められていない妾腹腹のロシュフォールは偽王であると。そして、王太后が先に認めていた当時は赤ん坊、今は十歳となるボルボン国にいる王子こそ、正当なる王であると。 「あちらは頭ごなしに、俺に退位して、さっさと王冠をよこせと言ってきたぞ」 「このような交渉では、最初は無理難題をふっかけて強気に出ておいてから、本当に呑ませたい条件を出してくるものですよ」 「つまりはここからが勝負という訳か?」 「そうなりますね」  実際、いくつかの書状に口の回る外交官をお互いやりとりしあうこと、さらに一月。  「正式な発表は陛下の承認を得て、明後日になりますが」とレティシアが口を開いた。 「ようやくボルボンとの交渉がまとまったか?」 「ええ、一月ですから早いほうです」  後宮は王の私室にて、卓を挟んで向かいあい昼食はとる。とくに行事などもなければ、午前の執務のあと、こちらにもどって昼を共にし、また午後の執務へと向かうのが、二人の習慣となっていた。 「まず、ボルボンは陛下の王位を認めると」 「当然だな。まったくのあちらの言いがかりなのだから」 「それから、ボルボン国の第六王女マルタ・カルロス・オルテガ姫が王妃としてお輿入れされることになりました」 「……ちょっとまて、なんでその王女がやってくるんだ」 「お話を聞いていたんですか?両国の友好の証として、王女が陛下のところに嫁いでくるんです」 「政略結婚か?」 「そうなりますね」  たんたんとこたえたレティシアに、ロシュフォールは無言で立ち上がり、彼の元へと行くと、その細い身体をひょいと肩に担いだ。 「なにをなされるんですか!?」 「俺のことをお前はいつも馬鹿だ馬鹿だというが、これでどうして俺が激怒していないとわかっていない、お前のほうこそ馬鹿だ!」  すたすたと王の居室から、となりの寝室へと、その扉の前で振り返りざま控えていた侍従に「今日の王と参謀の執務は全部中止だ。この部屋には誰も入るな!」と告げてバタリと扉をしめる。  さらには天蓋付きの大きな寝台にレティシアの軽い身体を放り投げると、その長身でのしかかる。レティシアが「昼間ですし、執務があります」とその胸板に手をついて、軽い抵抗をみせれば、細い手首をひとまとめにして、片手で頭上に押さえつけた。 「俺は王女なんか娶(めと)らないし、そもそも王妃はお前だ!」 「私は男ですから王妃にはなれません」  正論であるが「違うだろう!」とロシュフォールは怒鳴る。 「とにかく俺はお前以外の王妃なんて認めないぞ!」 「形ばかりの政略結婚になにをこだわっているんですか?それで戦争が回避出来るなら、安いものです」  「安いもの」との言葉にロシュフォールがぐうっと一瞬黙りこむ。レティシアが他国との戦争はしばらく絶対に出来ないといった理由を思いだしたからだ。  ずばり金がない。  前任の財務大臣の使い込みのせいで、国庫の蓄えはほぼ空だというのだ。前任の私有財産から少しは回収出来たものの、それは気休め程度のものだと。  サランジェ王国は豊かな国だ。土地は肥沃であり、他国に農作物や名産の織物や陶器を輸出しているし、鉱山資源などもある。その税収でなんとか回っているが、これで疫病や飢饉など起これば一発で財政は破綻すると。  もちろん、戦争なんてもってのほかである。あれぐらい金を食うわりに、不効率なものはないとレティシアは語っていた。 「先のゲレオルクとの戦いは防衛戦でしたから、領地や戦利品の一欠片もありませんでした。本来、将兵たちに報奨金を出さねばなりませんでしたが、先の反乱に荷担した親衛隊の汚名返上の機会を与えた形となり、それも無しとなって助かりました」  戦後処理にかかる金まで計算して、親衛隊をただ働きさせたのか?と、レティシアの悪知恵……いやいや、その切れる頭にロシュフォールはひたすらうなったが。 「俺の結婚まで金勘定の天秤にかけるな!俺はお前以外、絶対にいやだからな!」  なにか言おうとする唇をロシュフォールはふさいだ。    ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇  処女雪のように、白く滑らかな肌に、唇を滑らせて赤い痕をつけていく。普段は付けるなといわれた、シャツの襟では隠れない首の上やうなじまで意地みたいに、べったりと。  ときおり、はっはっと……吐く息は荒く、肌はじっとりと汗ばみ、白い肌も高揚して薔薇色に染まっている。そのくせ、声を絶対に出さない。頭の上の耳もしっぽもぴくぴく動いているクセに。  その細い身体は意外に快楽に弱くて、いつもならばロシュフォールの手に応えて、甘い嬌声を響かせるのに、それがない。  どうしても声を聞きたくて、もうこんなになってるじゃないか?と脚の間で濡れそぼる花芯を手にとる。大きな手で包み込んでやり扱いて、敏感な先を親指の腹でなぞれば、ぴくりと腕の中の身体がはねて、だけどやっぱり声を出さない。  その白い顔をみれば、頬は赤くそまっているのに、眉間にしわを寄せて、紅を塗らずともほのかに赤い唇を噛みしめて苦しげでさえある。そんな表情をさせたいわけではないのに、ロシュフォールは泣きたい気分になる。 「私にひどいことをしているのは、あなたなのに……なんで、あなたがそんな顔しているんですか?」  ふいに白い手が伸びて、ロシュフォールの精悍な頬に触れる。そして、唐突に両手でパシンと音がするぐらいにたたかれ挟まれた。  じ…んとした頬の痛みに目を丸くすれば、目の前の顔が微笑んでいる。 「話し合いはあとにしましょう。私もあなたもこんな、なんですから……」  レティシアの脚が、ロシュフォールの猛々しく反応した部分を、布越しにグッとおす。それに「ああ」とこたえて、腕の中の細い身体を抱きしめ、今度は甘い声をあげてくれる身体、その薄い胸にひたいをこすりつけるみたいにすがりついて、揺さぶったのだった。    ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇ 「結婚はしないぞ」  さらさらと指のとおりがいい銀の髪をなでながら、ロシュフォールは言った。
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