第三話 泣き虫王女と小さな騎士

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第三話 泣き虫王女と小さな騎士

 昼の昼食と休息の時間となり、レティシアは自分の執務室から小部屋を三つ挟んだ王の執務室に向かう。「本日はお一人で昼食をお召し上がりください」と告げれば、ロシュフォールはとたん不機嫌に顔をしかめた。 「毎日、毎日、あの女の顔を見るなどまったくご苦労なことだな」 「お望みならば、ご一緒してもよろしいのですよ?」 「あの年増狐のご機嫌うかがいなど、必要もなければしたくもない」  あの女に年増狐と、パオラ王太后に対するロシュフォールの語録が日々増えていく。塗り壁女妖なんていうのもあった。女妖はわかるが塗り壁?とレティシアが首をかしげるとロシュフォールが言った。 「あの厚化粧はもはや漆喰の壁なみだろうが?いつかびきびきヒビがはいって、ごそんと化粧が落ちたりしないか?」  なるほどとレティシアは思った。なかなかの想像力である。 「だいたい昨日は夕で今日は昼、ずいぶんと時間がバラバラではないか?」 「空いている時間に行っているのですよ。不規則になります」  もともとは、朝の後宮から表の宮殿に向かう、ついでにパオラ王太后とマルタ王女のいる別宮に寄ろうと思っていたのだ。  だが、その方針が変わったのは、王と王女の顔合わせの儀式の翌朝だ。  レティシアがご機嫌うかがいにあがったとき、別宮の一番大きなサロンに、王太后も王女もそろっていた。  横柄にレティシアの挨拶をうける王太后の横で、王女の顔にはかすかなおびえが見えた。  そしてその横に立つ、白狐の少女の片方の頬が少し紅くなっていた。  それで時間を決めずに訪ねることにした。抜き打ちのような訪問ならば、いかに取り繕うともかならず不自然さは出るものだ。    ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇  レティシアのご機嫌伺いの毎日の訪問を、王太后はあいかわらずの傲岸不遜な態度で出迎えた。「本当はあなたの不快な顔など、毎日、見たくもないのだけど、王の代理とあれば仕方ありません」と本音丸出しである。  それをレティシアは「ご不快にさせて申し訳ありませんが、これも役目ですので」とこちらはこちらで表情一つ動かさずに返す。逆に王太后がびくりと神経質なほどに細く整えた眉を動かした。 「まあ、ちょうどいいわ。今日はここでの暮らしのことで陛下に要望があります」  おや、いつもならばさっさと帰れという態度なのに、要望とは大体やっかいごとだろう。その内容の予想もついた。  それは王女と王太后主催で、舞踏会を開きたいということであった。王女と……とあるが、王太后がしたいのだろう。建前は、将来王妃となる王女と臣となる貴族達との親交を深めたいとのことだったが。  その目的は王太后が自分のきらびやかなドレスを見せびらかせて、王女そっちのけで若い男とダンスを楽しみ、あげく夜通しの賭け事をしながら、さらには悪だくみといったところだろう。  当然、そんなもの許可は出来ない。「わかりました」と答えたレティシアに王妃は自分の思い通りになったと唇の片端をあげて微笑む。なぜそうも誰もが自分の思うがままになると思うのか?それだからこそ、一度捨てた国に舞い戻るなどという、面の皮が厚いことが出来るのだろうが。 「ですが、夜会の許可は出せません。陛下とのご対面が昼間であったのも、王女のお歳が十歳であるということを陛下がお気遣いになられてのことです。  昼間のお茶会ならば、王宮にてご用意いたしまょう」 「お茶会ですって!」  そんな健全でつまらないもの!と王太后は、眉間にくっきりと不快なしわを寄せた。浴びるほどの酒を呑んで、若い男とのダンスの果ての恋愛遊戯に、さらには賭博の快楽に比べたら、お茶と和やかな談笑だけなど、享楽の味を知る貴婦人にはたしかに物足りないだろう。 「夜会は王女の希望です。たしかに十歳と歳は若いですが、彼女はもうすでにこの国の王妃も同然なのですから、王宮の女主人としての役目も果たさねば。  そうですね?マルタ姫」  王太后の問いかけに、マルタ姫はびくりと肩をはねさせて「はい、そうです」と小さな声で答えた。王太后は肘掛け付きの大きな椅子に座り、彼女は立ったままというのがなんともだ。 「家臣たちとの交流というならば、夜会ではなくお茶会でも出来るのではないのですか?」  そうレティシアは返し、そして王太后ではなくマルタ王女に向かい片膝をついて視線を合わせる。  王太后にはまったく無表情であったのが、王女には優しい微笑を浮かべて。 「大広間ではなく、王宮のお庭にて開くお茶会もいいかもしれませんね。大人ばかりではなく、姫様と同じぐらいの年頃の方々にも招待状を出しましょう。  美味しいお菓子をたくさん用意して、みんなと楽しく遊べますよ。いかがですか?」  十歳の子供なのだ。同じ年頃の子供達と会えて、さらにお菓子とくれば、嬉しくないわけもない。それまで怯えた顔をした王女はとたん、ぱあっと明るい表情となってこくりとうなずく。  それにレティシアは「では、さっそくのお茶会の用意をするように、陛下から宮廷大臣に申し伝えましょう」と立ち上がる。  そして王太后の意見など聞かずに「失礼します」と立ち去ろうとしたが「お待ちなさい」と声をかけたのは王太后だ。 「お茶会のための新しいドレスがいります。宝飾品も」 「ドレスならば、そちらから持参されたものが、何着かあるはず」 「王太后たるわたくしと、王女に着古しを着回せというのですか?」 「では、こちらから仕立て師を手配いたしましょう。その予算内で王女様と王太后様のドレスを作っていただきます」  王太后と自分が先にきた彼女に対して、レティシアは王女様と、彼女を先に立てて返せば「このわたくしの選ぶ品物に文句をつけるつもりですか!」ととがった声をあげる。 「予算内で自由にお選びくださるならば別に構いません。  それから予算は王女様と王太后様別々に出させていただきますし、その明細書も各自書記官に報告していただきます」  つまりは王女の予算分までとって、王太后が自分の分に回すことは出来ませんよと、レティシアは言外に告げる。それに王太后はますますきりきりとまなじりをつり上げる。 「栄光のサランジェ王国が、現王の御代になられて、ずいぶんと落ちぶれたようね。王太后や王妃のドレスに掛かる費用にまで、王の参謀が口を出すなど。あなたは侍従かなにかですか?」  間接的にロシュフォール王をおとしめ、さらにはレティシアを平民がなる男性使用人たる侍従に例えるなど、貴族の男子にとっては最大の侮辱である。  が、レティシアは当然まったく気にしなかった。毛筋ほども顔色を変えず、彼は淡々と王太后に告げた。 「王太后様、あなたのまとうドレス、宝飾品、そのお化粧の白粉に到るまで、すべて民からの税にございます」 「それがどうしたというのです?民などからはいくらでも税を取り立てればいいでしょう?」  そう言い放った王太后にレティシアはやはり無表情に口を開く。 「税とは金です。金は無限ではありません。民とて暮らしていく金が必要なのです。暮らしていけないほど取り立てれば、彼らとて生きるために反乱、もしくは、土地を捨てて逃げ出します。  残るは荒れ果てた土地だけです。美しいドレス姿で王太后様は、その畑を耕されますか?」 「なにを馬鹿なことを、この高貴なわたくしに畑を耕せと!」  それまで無表情だったレティシアはようやく、あきれたようにため息を一つつく。これがロシュフォール相手ならば「あなたは馬鹿ですか」ととっくの昔に言っているところだ。  しかし、そもそもロシュフォールこそ、こんな根本的なことを分からないほど、本当の無知ではない。  自分達の暮らしが民からの税に依っていると、その自覚がある王侯貴族が、どれほどいることか。  レティシアの目の前にいる女性こそ、その象徴のような婦人であった。己が望むだけの金が空からふってくると本気で信じているような。そのドレスの裾からのぞく、黄金の靴の下で民が重税にあえいでいることなど、気づきもしない。 「とにかく金は有限であり、これからあなた方の使われるすべての品々には、その金額の末尾の数字まで報告が必要なこと、お忘れ無きように」  彼はこれ以上の話は無駄だとばかりに、優雅に一礼をして去った。    ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
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