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第六話 私達別れましょう
「私達、別れましょう」
「はあああああぁあぁぁぁ?」
レティシアの言葉に、ロシュフォールはさけび声をあげた。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
ロシュフォールとマルタ王女と婚約であるが、それを解消するという正式な発表もなく、うやむやとなった。
まあわざとうやむやにしたのだ。パオラ王太后の逃亡やマルタ王女が実は王子でしたなんて各国大使にどう説明しろと?
それに自然に噂など広まるものだ。レティシアは王妃の間へと戻り、マルタ王女、もとい王子はアーリーと共に別宮で暮らすことになった。彼らは男子の姿に戻り、マルタ王子が黒獅子であることを、ロシュフォールとレティシアの二人は隠すことなどなかった。秘密などいずれはバレるものである。ならば、最初から堂々としていたほうがいい。
そんなわけでマルタ王女の正体も、そしてロシュフォールとの婚約解消も周知の事実となった頃に、新たな問題がまた生じた。
ロシュフォールにたいして、各国から結婚の打診が届くようになったのだ。うやむやの婚約解消となったとはいえ、マルタ王女とのことが呼び水となったらしい。
大陸一古い歴史を誇る大国であるサランジェ王国の王が、独身であることは他国には当然大変魅力的に映る。山積みの見合いの肖像画をいちべつもせず、ロシュフォールはすべての国に断りを入れろと命じたが、それに待ったをかけたのはレティシアだった。
「すぐに断ることはありません。気があるようなふりをして、あちらこちらの国によい顔をしておけばいいのです」
「俺はお前以外と結婚する気はないぞ」
「男の私は王妃にはなれません」
正論ではあるが「だから、俺は誰とも結婚するつもりはない!」とロシュフォールが断言するのに、レティシアは「それでよろしいのです」と淡々と返す。
「別に舞い込んでくる見合い話をこちらから断る必要はないということですよ」
「あちこちに気をもたせておいて、なにか利があるのか?」
「こちらの色よい返事を期待しているあいだは、我が国に敵対行為をとるようなことはしないでしょう」
「なるほどな」
宮廷の無駄な官職をばっさりと切り捨てたものの、未だ国庫は空の状態なのだ。他国と数年はことなど構えたくはない。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
とはいえ、ロシュフォールは王なのだ。もはや王宮や国内の貴族社会において、彼のレティシアへの寵愛は有名であったが、しかし、どう逆立ちしてもレティシアは男なのだ。
子は産めない。
そして、王には世継ぎが必要である。
「とはいえ、現在の陛下のレティシア様への御寵愛を考えると、とても愛妾などお勧め出来る状態ではないのはわかります」
後宮は侍従長の執務室にて、その脇の小部屋には小卓と椅子が置かれており、そこに侍従長カジミールとレティシアが向かいあって座っていた。
「恋愛とお世継ぎは別だと、割り切って考えられる方ではないでしょうね」
レティシアはいつもどおりに冷静な顔で答えた。侍従長は目の前の麗人の顔をチラリと見る。
「とはいえ、いずれは次の世継ぎをもうけるために、しかるべき方をお勧めしなければならないでしょう。
おりを見てということになりますが」
まだ若いロシュフォールであるが、王として経験を積めば、世継ぎをもうけ国を安定させる重要さもおわかりになるはずとレティシアは続ける。
「それでレティシア様はよろしいのですか?」
「私ですか?」
レティシアは侍従長の言っている意味がわからないと、目をぱちぱちとさせる。
「ですから、王が愛妾を持たれることです」
「私は王の参謀ですよ。国の安定のために、陛下のお世継ぎを望むのは当然のこと」
「あなたはそうお答えになると思っていました」と侍従長はふっ……と微笑む。
「ではあなたはどうですか?王の覚えめでたく、第一の参謀であるあなたにも、他の貴族の令嬢との縁談が持ち上がるかもしれない」
「私は辺境伯の諸子です。跡継ぎなど必要ないでしょう」
レティシアは考えられないとばかり首をふる。
「では一生独身であられると?」
「そのつもりです。国のために必要な策となれば、考えますが」
「まったく、本当にあなたはあなたらしい」
ついに侍従長はほほほ……と梟のような笑い声をたてた。別に馬鹿にされているわけではないことはレティシアには分かっていたが、しかし、なぜ笑うのか?と理解出来ずに、灰色の頭髪、垂れ耳の犬族の侍従長をレティシアは見つめる。
「それでは陛下が他の愛妾をめとられて、あなたへの寵を失われたとしても?」
「ただの王の参謀となるだけです。陛下が私の力をお求めになるならば、そばに居続けます」
「ではそうなれば、あなたも御婦人をめとられると?」
「いいえ、私はその必要を感じません」
「一生一人でいらっしゃると?」
「はい」
レティシアがうなずくと侍従長は意外なことを言った。
「それでは陛下も他の方をめとることはありますまい」
「では私が女性と結婚すれば、陛下も愛妾をとられると?」
「いやいや、陛下があなたと他の女性とのことなど認めるわけがないでしょう。最悪、あなたが後宮に軟禁ということもあり得ますなぁ」
あまりにも考えられることでレティシアはうなずきながら、内心でなにを言いたいのかわからない侍従長の話に首をかしげていた。
「レティシア様、あなたは聡明でいらっしゃるが、まだまだ十七歳とお若い。陛下も二十歳でらっしゃる。
人の心の機微というのは歳を重ねるごとに、わかるようになるものですよ」
「ま、無駄に歳を重ねた者の戯れ言です。心の片隅にでも置いておいてください」と言われて、レティシアはうなずいたのだった。
たしかに、自分は若いし、さらに言うなら人の心の機微などと言われても、理解不能であるとは思った。まだまだ勉強不足だ。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
「それでどうして、俺とお前が別れることになるんだ!?」
後宮は王妃の部屋の居間にて。突然告げたレティシアにロシュフォールは怒りながら、逃さないぞとばかりにがっちりその細腰を片手で抱き込んで長椅子に座っていた。
二人きりとなると向かいあって椅子に座ることなんてない。いつでもロシュフォールの伸びた腕に捕まって、横に座らされているレティシアだ。
彼としては膝に座って欲しいらしいが、それは断固拒否している。
「ですから、私はあなたの不況を買い、この後宮を追い出されるどころか、宮廷さえも追放されて姿を消すことにします」
「そんなこと俺が許すか!だいたい、ボルボン国に四門の街を押さえられて、どうしてそういう話になるんだ!?」
四門の街というのは、マルタも輿入れのときに越えてきた、国境の町である。壁に囲まれた城塞の街なのは、ここが四つの国の国境が重なる街道の要であるからだ。
サランジェにボルボンの二国の他に、小国と都市国家が緩やかな連合を組む南のカヴァッリ地方に、山国のルグラン国があり、この小さな城塞と化した街を争って、過去幾度も戦争があった。
現在の支配権はサランジェとボルボンの半分ずつであり、石の壁で囲まれた町の真ん中に、見えない国境線がある状態だ。
が、先日突如としてボルボン国の軍が、この国境線を越えて城塞の町のすべてを占領してしまった。
現在サランジェ国へ通じる門は固く閉ざされて、街には大勢のボルボン国の兵が立てこもっている状態だ。
「おそらくは王太后様のことと平行して、準備を進めていたのでしょう。四門の街のすべてを押さえることは、利益になりますからね」
カヴァッリ連合国家には、名だたる通商都市が名を連ねている。東方からの珍しい品々はほとんどこの都市から大陸にもたらされているのだ。
さらにはルグラン国へとぬければ、サランジェ国を経由せずとも、他の国への通商路も開ける。
ボルボン国としては、サランジェ国への門は当分の間、閉ざしておいてもよい。東方の珍しい品が手に入らずに困るのはサランジェだけなのだから。
そして国境を越える通行税はすべてボルボン国で独占できるということだ。いままではサランジェ国と分け合っていたというのに。
「で、どうして、それで俺とお前が別れることになるんだ」
「現在、国庫に蓄えがないんです」
「それは幾度も聞いた」
「ですが四門の街のことは放置出来ません。とはいえ長期戦など論外です」
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