第七話 銀の王妃の戴冠

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「だが、俺はお前以外の“伴侶”を娶るつもりなどないぞ。  それにな、生まれてくる子供達のためにも、その母の地位は高いほうがいい。俺はお前の子を妾腹になどするつもりはないぞ」  これはロシュフォールのにがい思いからだろうことは、レティシアにもわかった。彼は十年前の反乱でたった一人だけ生き残ったから王になった。  だが、もしも彼が王妃の子であったならば、あのような反乱は起こらず、正当なる黄金の獅子の血統をもって誰にも文句を言われない王位継承者であったはずだ。  もっとも、そうなるとロシュフォールの母親はパオラ王太后となるわけで、彼としては死んでもゴメンだと言いそうだ。  とはいえ、たしかにこれはレティシア一人の問題ではなく、生まれてくる子供達の将来のことだ。そして王の子である以上は、それはこの国の将来にも直結する。  その子達をロシュフォールとともに守っていくには、不要だと思っている地位も必要だろう。  それに。 「よくもまあ、外堀を埋めてくれましたね」 「お前には口では敵わないからな。実力行使が一番だろう?」  ロシュフォールは良い笑顔でいい「直接すぎます」とレティシアはあきれたため息をついたのだった。  とはいえ、最初はぶわりとふくらんでいた尻尾も、最後はふわふわ揺れていたりしたのだが。    ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇  しかし、次に問題となったのは、ロシュフォールの過保護さだった。  表の執務室へ向かうのは当分出来ないとして、書類を奥に運ばせて、書斎で仕事をしていたら怒られた。 「身重で仕事をする奴があるか!」 「横になって休んでいろ!」  さらにはレティシアが立ってなにかをしようとすれば、すぐに腕が伸びて抱きあげて運ばれる。一人で出来ますと言えば二言目に「腹の子やお前になにかあったら……」だ。  あげく、ずっと寝台に横たわってなにもして欲しくないというような言葉さえ出てきて、レティシアもとうとう切れた。 「いいですか?身籠もっているとはいえ、母体に適度な運動は必要です。まして、このごろではつわりもおさまって、食欲も出てきたのですから、このまま動かないでいたら、私は確実に腹に子がいる以上に太ります」 「お前は細いんだから、多少ふくよかになってもいいだろう?」 「とにかく、私が太るだけではなく、お腹の子にも逆によくありません、そうですよね?」  このために呼ばれた侍医長にレティシアはよびかける。 「はい、つわりの時期は過ぎましたから、あまりに過保護はいけません。大公様のおっしゃられるとおり、お腹の御子のためにも適度な運動は必要でしょう」  ひたいの汗をふきふき答えた侍医長にロシュフォールが「適度というのはどれぐらいだ?」と質問し「走ったり跳ねたりというのは当然お勧めしませんが、ゆっくりとお散歩なされるのがお勧めですな」と侍医長は返した。  その翌日から、レティシアの日課に、朝と昼の散歩が加わった。朝食後に後宮の回廊や中庭をゆったりと散策し、昼食後も同じく。  これにロシュフォールが極力つきあった。抱きあげることはないが、手をつないで。別に一人でも歩けるのにとレティシアは思ったが、しかし午前の執務を終えて、律儀に後宮へと戻ってくる王様に、これぐらいは許してやらないといけないだろう。  レティシアのふっくらとしはじめたお腹が、さらにだんだん大きくなり始めた頃、宮殿に妙な噂が流れた。  腹の子がロシュフォールの子ではないのではないか?というのだ。  例のお茶会にて、レティシアは無駄な役職をクビとなった貴族の馬鹿息子達に襲われた。駆けつけたロシュフォールの手によって彼らはコテンパンに打ちのめされて、それは未遂に終わった。  地下牢に放り込まれた彼らは、その罪の波及をおそれた生家からも勘当されて、今は辺境の労働農場送りとなっている。  が、今さらその噂が、噂を呼んで、レティシアの腹の子はあのとき男達におそわれたときのものではないか?という話になったのだ。  いかにも醜聞好きなたわいもない宮廷の噂だが、しかし、これにロシュフォールは激怒した。噂の元となった者をかならず探しだして処分すると息巻いた若き王に「おやめなさい」とレティシアは冷静に言った。 「噂など雑草のように生えてくるものです。いちいちそれに目くじらを立てていては、きりがありません」  そんな風にこたえるレティシアの姿は、男のシャツにズボン姿は腹をしめつけると、ふんわりとした白く長い衣姿だ。衿元や裾がレースで縁取られたそれは、ドレスと言えなくもない。  銀の髪に蒼い瞳に透き通る肌に白いドレス?は良く似合って、大変美しいのでロシュフォールは思わず見とれる毎日だ。  今回も噂を耳にして、イライラと王妃の居間をうろうろとしていた足を止めて、思わず見入ってから、ハッ!とはじかれたように口を開く。 「しかしだな。たわいもない噂と無視していいのか?王家の血統を疑い、俺もお前も腹の子も侮辱するものだぞ」 「そんな噂は、このお腹の子が生まれればすぐに消えてしまいます。黄金の獅子が出てくるに決まっているのですから」  純白の衣にふっくらしたお腹に手を当てて、微笑む妻?にロシュフォールはなにもいえず「うむ」とうなずいた。    ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇  いよいよ出産の日となった。  宮廷には、王妃や愛妾の寝台を廷臣が取り囲んで、その出産を見届けるという妙な因習があった。元は王の子であると証明するためだったと言われているが、ロシュフォールはこれを拒否した。 「王たる俺が立ち合うんだ。これ以上の証明がどこにある。侍医と介添人のメイド以外、誰も部屋を入ることは許さん!」  「……私はあなたにも部屋から出て行ってもらいたいのですが」と迫る陣痛に、さすがの冷静な参謀も顔をしかめながら訴えたのだが、当然聞き入れられなかった。  というか、レティシアとしても枕元で「がんばれ、がんばれ」とうるさく言われるのはともかく、その腕にしがみついて、耐えがたい痛みに思いきり爪を立てられるのは助かった。  介添えのお産の立ち合いになれた中年のメイドが、レティシアのひたいに浮かんだ汗をふきながら、「思いきりさけんでよろしいのですよ」と言ってくれたが、これには首をふった。彼の矜恃として、これしき……ではないが痛みに悲鳴をあげるなど。  「レティシア、声を出すのが嫌なら、俺の腕でも噛め」とのロシュフォールの声に、ありがたく噛みつかせてもらった。もともとこの半分の痛みは彼のものである。思い知れ。  そして、大きな産声をあげてうまれたのは、金の髪に獅子の耳と尻尾を持つ御子。目は当然開いていないが、金色で間違いないだろう。 「よくやったな、レティシア」  額に張り付く前髪をかきあげて、口づけるロシュフォールにレティシアは「まだです……」と小さな声で答える。とたん輝くような笑みを浮かべていた彼の表情が「ん?」となる。 「……もう一人……産まれます」 「はあっ!?」  実際、レティシアは再びロシュフォールの腕におもいきり噛みついて、先の黄金の獅子の子より、小さな銀狐の子を産んだ。  その子は獅子の子と同じく男子だった。    ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇  その日の王国は喜びに包まれ、王宮前の広場でふるまい酒に子供達には甘い菓子が配られた。さらには朝までのどんちゃん騒ぎが続いたのだが、一人、書斎で悩むロシュフォールの姿があった。  机には丸めた紙くずの山だ。  双子を産んで一仕事終えたレティシアが、ロシュフォールを見て言ったのだ。 「私は疲れています」 「うん、よくやった」 「なので、二人のお名前をつけるのはあなたのお仕事です」  いや、父なのだから当然なのかも知れないが、レティシアは目を閉じてそのままぐったりしてしまった。「大丈夫なのか?」と侍医長を見れば「お眠りになっているだけです」との言葉に、ホッとしたが。  そんなわけで、一人分どころか二人分の名前とロシュフォールは格闘していた。あらかじめ名前を考えることなど、レティシアの腹が段々大きくなっていくことに、あの腹が破裂しないか?なんて日々、怖くなっていたのですっかり忘れていた。  しかも二人分だ。金獅子は勇ましいほうがいいのか?レティシアにそっくりな銀狐は……女名前つけたら、やっぱり怒られるだろうなと悩みながら命名したのは。  ランベールとミシェルだった。    ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇  出産から一月たってレティシアの身体がじょじょに戻ってきた頃。  なぜかロシュフォールの眉間にしわがときおり浮かぶようになった。その理由を聞いてあきれてしまったが。 「ミシェルだがな」 「はい」  ミシェルとは銀狐の男子のことだ。金獅子のランベールより身体が小さくて、泣き声も大人しいので心配されたが、健康には問題なく、乳母の乳を飲んですくすく育っている。 「お前と同じ銀狐だろう?」 「そうですね」 「姫ではない」 「男子です」 「しかし、お前と同じようにその……」 「ですね。身籠もることもできるでしょう」  どうやら話が見えてきたぞと、レティシアはロシュフォールの次の言葉を待つ。 「お前そっくりの可愛いミシェルを、他の男の嫁にしたくない!」 「ミシェルは赤ん坊です。そんなことなど、まだまだ考えなくてもよろしいでしょう」  これが父親どころか双子の兄まで加わって、どこぞの馬の骨になど嫁にやれるか!と大反対しまくって、レティシアにため息をつかせるのは、まだまだ確かに先のこと。
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