断罪エンドを回避したら王の参謀で恋人になっていました

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 たしかに全軍を掌握していた公爵はもういない。だが、レティシアは「心配ありません」と返した。 「私の目の前に、その大将軍を倒した偉大なる王がいます。これ以上、適任たるお方がいるでしょうか?」  すでに大広間にて近衛と貴族達にロシュフォールはその強さを示したのだ。そしてなんの力も持たない子供の姿から、黄金の獅子のような青年の姿となったこの王をみれば、全軍の志気は当然大いにあがるだろう。 「それから、先ほど陛下がおっしゃった、私に対する褒美ですが」 「あ、ああ」 「男に戻ることをお許しください。また、いままで女の姿で世間をいつわってきたことに対する、私と私の家族に対する許しを」 「もちろんあたえる」  それにレティシアは初めて「ほう……」と多少感情めいた、そんな息をついた。正直これで、自分が王の愛妾として宮殿にあがることに、この世の終わりのごとく青ざめていた母の心配はしなくていい。  辺境伯の父や腹違いの兄弟のことなど、どうでもいいが。 「それからもう一つ。私を王軍にお加えください。魔法騎士としての技量は先にご覧になった通りです。今回の出兵にくわえて頂くことも希望します」  男に戻ったのはいいが、無職なのも途方にくれる。一騎士として、今回の戦いで成果を上げることをレティシアは考えていたのだが。 「お前がこたびの戦いに加わるのは当然のことだ。俺の参謀としてな」  その言葉にレティシアは蒼の瞳を大きく見開いたのだった。    ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇  ゲレオルク国との戦いは、一方的なものだった。  精鋭である親衛隊の魔法騎士達が、まさしく後先を顧みないイノシシのごとき猛攻を見せたのだ。国軍の兵士達もその勢いにのって、敵を蹂躙(じゅうりん)しメオン川へと押し戻す。  後方にて、太陽のごとく燦然(さんぜん)とかがやく、黄金の獅子王が、緋色のマントをたなびかせ、白馬に乗り、自分達の戦いを見ていらっしゃるのだ。その横には男の姿となった銀髪に蒼の瞳、顔の半分を白い包帯で隠したレティシアが、そっと寄り添うようにいた。  多数の敵軍の兵士の死体がうかぶメオン川を前に、親衛隊や他の将校達はこの大勝に乗じて、川を渡りゲレオルク国に侵攻することを進言した。とくに親衛隊の者達は、反乱の汚名返上とばかりに意気込んでいた。  しかし、獅子のごとき王に、蒼い銀髪をなびかせた人形のように美しい銀狐の参謀が、その耳元でささやいた。それを聞いてうなずき、王は「ならぬ」と告げた。 「今回の戦いは我が国の混乱に乗じて、侵攻してきたゲレオルク国を撃退するだけのもの。それ以上の意味はない。王都に戻るぞ」  レティシアとしては国の混乱はいまだおさまっておらず、ゲレオルク国との戦いを長引かせれば、それこそ、また他国の侵入があると考えた。それにロシュフォールもうなずいたのだった。    ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇  この国境での大勝は王都には先んじて知らせられて、凱旋した国王自ら率いる軍を、民は歓声をもって祝った。  白馬にまたがる黄金の獅子王に民はあれこそが自分達の王様だと誰もが感動した。なにしろ、十歳で即位されて十年、民はひと目たりとも王のお姿を見たことがなかったのだ。それは彼が十歳のまま成長を止めていたというのがあるのだが。  しかし、今、民の目の前に現れた王は、初代に王国を築いた、かの黄金の獅子心王そのものであった。「王様万歳」とみなの歓呼とまかれた花びらが舞い散るなか、王は激戦が終わったあととは思えぬ穏やかな微笑をうかべて、民に手を振ったのだった。  そのような慈愛あふれる?微笑みもまた彼らを感激させた。  そして、その王の横で栗毛の馬を進める人形のように可憐な容姿の銀髪の騎士。戦いで負傷したのか顔の半分は包帯で隠した。それでもその美貌はわかる。あれはどなただろう?と王の黄金とその対比的な、銀の月のような姿にみな噂したのだった。    ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇ 「ここに住めばいいだろう?」  レティシアは王の参謀兼顧問役として、王宮に役職を与えられた。本当は宰相にしたかったが、若すぎると耄碌(もうろく)ジジイ共に反対されたと、ロシュフォールはいらだたしげに言った。  ジジイ共とは、大臣や元老院に席を有する大貴族の当主達であろう。たしかに年齢もあるが、辺境伯の庶子に過ぎない自分が宰相などあり得ないことが分かっていたので、レティシアは「別にかまいません」と答えた。  その次に考えなければならないのは、己の住居であった。王宮に勤めるならば、当然、王都にそれなりの屋敷を構えなければならない。  だが、ロシュフォールは王宮に暮らせばいいと言う。 「そういうわけにもいかないでしょう」  たしかに今、レティシアに与えられているのは、後宮の一室であった。おそらく、自分が愛妾として入る部屋をそのまま使っているのかと思っていた。  それにしては内装がやたら豪華ではあったが。部屋も寝室だけでなく、身支度をする閨房(プドワール)に居間(サロン)もついていた。そして、その部屋の所々に、王家の紋章である翼ある獅子紋に百合紋が組み合わされたものが、意匠としてちりばめられていた。  その時点で気付くべきではあったのだ。  百合の紋章はこの国では王妃の紋章であったと。 「この後宮にはお前以外の“主人”はいないのだ」 「はい?」  ロシュフォールが「愛妾達にはすべて暇を取らせた」と続けた。つまりこの後宮には、ただいま妃は誰もいないということだ。 「この王妃の部屋にお前は気兼ねなく住むといい」 「あなた馬鹿じゃないですか?」  王妃、王妃と今、言った。気付かなかった自分も馬鹿だが、この部屋は。そして愛妾達を全員クビにした!? 「私は男で、あなたの参謀で顧問です。それがどうして王妃の部屋に住むんですか!」 「俺はお前を好きだ。愛している。だから、この部屋において当然だ!」  胸を張って言われても……だ。 「落ち着いて考えてください。そんなのは一時の気の迷いです。私があなたをかばったことや、急激に大人になられたことで混乱されているんでしょう。  正気に戻られれば、こんな男を……」 「俺は馬鹿でもないし、気が狂ってもいないし、正気でお前をこの王妃の部屋に置きたいと思っている」 「私はあなたの参謀で顧問です」 「当然だ。これからもお前の頭は必要だ」 「……そのうえでさらには夜のお相手を務めろと?」  その言葉に「う……」とロシュフォールは言葉に詰まり、みるみる赤くなっていく。意外と純情だ。いや、十歳の姿から、二十歳の青年になったのだから、愛妾を幾人抱えていたって、たぶん床入りとかもしてなかったのだろうし。 「本当に全員愛妾をクビになされたのですか?」 「お前が寝込んでいる間にな」 「…………」  つまりは大広間での事件があったすぐあとということだ。なんという早業。 「もったいない。御婦人とちゃんとなされていれば、こんな気の迷いも起こさなかったでしょうに」 「気の迷いではない!」  意地になって唇をとがらせる姿は美青年なのに、どこか十歳の少年の面影があるようだった。 「三月です」 「三月?」 「そうです。三ヶ月間、私に触れないで、よくお考えください。それから、毎夜、寝る前にこの部屋にやってきて、私にお休みの挨拶をしてください」  三ヶ月、顔も合わせずに考えろといえば、逆に執着が増す場合もある。が、毎夜、就寝の挨拶だけで、なにも出来ずに扉が締められたならば、若い身体だ、もんもんとして寝所に適当な女性でも呼ぶだろう。それで女体に開眼なされたならば、男で、まして顔に傷のある自分に関心などなくなる。 「わかった、三ヶ月。就寝前の挨拶にこの部屋に通う」  そうロシュフォールは言い残して去って行った。    ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇  が、この王の“情熱”をレティシアは甘く見ていた。  その夜、さっそくロシュフォールは「おやすみ」の挨拶に来て、それを「おやすみなさい」と受けて、その鼻先で扉を閉めてやった。  部屋にも入れずにだ。  これを三ヶ月もくり返せば、いや、三ヶ月どころか、十日で嫌になるんじゃないか?と思っていたのだ。  翌朝、ベッドで目覚めると、世話係のメイドに困った顔で「扉の外にいらっしゃる陛下にせめて朝のご挨拶を」と言われた。  扉の外?と首を傾げつつ、寝室から居間を通り過ぎて、外廊下に繋がる扉を開けば、その横には。  毛布にくるまり壁に寄りかかって寝るロシュフォールの姿があった。気配を感じたのか、目をあけて、未だ睡魔が残る顔で「おはよう」とレティシアに微笑む。 「おはようございます。まさか、夜通しそこにいたのですか?」 「俺なりに考えてみたのだ。毎日、夜の挨拶“だけ”では足りないとな」 「は?」 「こうして扉の前で毎夜過ごしてこそ、お前への“愛”が伝わるんじゃないかとな。俺の気持ちが気の迷いなんかじゃないと」  廊下の片側の格子の窓から降り注ぐ、陽光で見るロシュフォールは、少し寝乱れた巻き毛さえ、キラキラと輝いてみえた。その黄金の瞳には少しのいつわりもない。 「ひ、一晩程度で私はほだされませんからね!」  レティシアとしては、人生初ぐらいの動揺ではなかっただろうか?彼の笑顔に湧き上がってきた何かがわからず、バタンと扉を閉めた。  そして後ろ手によりかかって、なぜか熱くなってきた頬に両手を当てたのだった。    ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇ 「それでは本当に陛下は部屋の扉の前で眠られたと?」  王宮にある自分の執務室にて、侍従長を呼び出したレティシアは、ふう……と息をついた。 「はい、陛下は一晩中。王妃の……いえ、レティシア様のお部屋の前にて過ごされました」 「それでは部屋の前に寝椅子なり、なんなり運ばなかったのですか?」  毛布にくるまり床で寝るなど、戦地の一兵卒でもあるまいし……とレティシアは思う。 「それがお運びしましょうか?とおうかがいしましたら、寝椅子に寝っ転がるような“楽”をしたならば、愛しいあなた様にご自分のご誠意がお伝わりにならないとおっしゃって」  「さすがに毛布は受け取っていただけましたが」という侍従長に「修道僧の石寝台の修行じゃあるまいし」とレティシアは深いため息をつく。 「ご自分にそれだけお厳しくなされれば、きっと三日も保たずに身体が痛くなって、おやめになるでしょう」  そう締めくくったのだった。    ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇  しかし、これもレティシアの予想を大きくはずれた。  三日どころか、十日、半月たっても、ロシュフォールは扉の前で寝続けたのだ。  そして、就寝前のお休みと、朝のおはようの挨拶をする。  本気で三ヶ月、こんなことをするつもりか?と自分で三ヶ月と期限を切ったのに、耐えきれなくなったのはレティシアのほうだった。  一月近くたった夜中、唐突に目が覚めた。もともと眠りは浅いうえに、最近は一つ部屋を隔てているとはいえ、扉の向こうで誰かさんが寝ているのだ。  ベッドから飛び降りて、居間を横切り扉を開く。 「なにを考えているんですか?あなたは」  その声に毛布にくるまっていたロシュフォールが顔をあげる。レティシアは、手を伸ばして彼の腕を掴んで立ち上がらせて、部屋の中に引き入れる。ずんずんと居間の真ん中まで来て振り返る。 「これが、私です!」  そして、自分の顔半分を隠す包帯をほどいて見せる。傷口は完全に塞がっているから、いまはその傷を隠すためだけのものだ。  片目を縦一線につらぬく赤い傷だ。女性ならまず、嫁のもらい手などいないだろう。男性ならば、それも戦傷と誇りになるだろう。が、自分の女顔ではどうにもそぐわない。 「この傷を見てなお、あなたは私に触れたいと思うのですか?こんなもののために、あなたは一月近くも、柔らかな寝台ではなく、固い床に寝ていたのですよ!」
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