断罪エンドを回避したら王の参謀で恋人になっていました

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 自分の声がひどく感情的になっているのがわかる。レティシアには理解出来なかった。三月放っておけばいいロシュフォールを部屋に入れてしまった気持ちも、なにより彼のそんな情熱も。 「俺は触れたい」  実際、ロシュフォールは手を伸ばし、レティシアの左頬にふれて、それからそっとその傷の目元に触れた。傷口は塞がっているけれど、その部分の皮膚は薄く、びくりと細い肩が揺れる。 「美しいなんて言わない。だけど、俺はこの傷を誇らしく思う」 「きっと一時の気の迷いです。あなたは私に負い目を感じて、それを恋情と勘違いしてるだ……」  言葉が途中で途切れたのは、肩を引き寄せられて抱きしめられたからだ。指でたどっていた左の傷に、今度は唇が愛おしげに触れる。 「理屈なんてどうでもいい。俺はレティシアが愛おしい、愛してる。これは勘違いなんかじゃない」  胸にぐっとせり上がってくるものの正体がわからない。「泣くな」と言われて、自分が目元を濡らしていることに気付いた。  涙なんて、大叔父が亡くなったあの日に、流した記憶しかない。 「あなたはきっと後悔します」  それは自分に言った言葉だった。  ここでロシュフォールに許せば、必ず彼が離れる日が来るというのに。こんなひとときの激情に自分は身を任せるべきではないのに。 「後悔なんてしない」  そう言われて横抱きにされ、寝室に運ばれた。    ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇  それからは散々だった。  唇が腫れるほどに口付けられて、さらには耳や首筋にも端正な唇が触れて吸って舐めて、あげく、噛まれた。それは痛くなるかならないかのギリギリで、いや、少しの痛みはあったかもしれないのに、なぜか甘いしびれさえあった。  信じられないことに、そのすべてに自分の身体は跳ねて我慢しきれずに、あらぬ声がもれた。とくに女性のようにふくよかでもないのに、真っ平らな胸にロシュフォールは頬をすりつけて、その長い巻き毛のくすぐったさと、それ以上のざわざわした感触に身をよじれば、胸のとがりに吸い付かれたのだ。  男のそんな場所に信じられない。だが、同時に雷にうたれたような、それにひときわ高い声をあげてしまった。そうしたら、もう片方のそれにも吸い付かれて、舌で散々舐め転がされた。 「確認……します……けどっ!」 「なんだ?」 「あなた、やりかた分かっているんですか?御婦人ならともかく、私は男……」  そのとき、足のあいだに触れられて息を飲む。握りしめられて、初めて自分が反応していたことに気付いた。そして扱かれて、びくびくと背がはねた。 「ああ、宮廷の噂話なんて、昼間からそんな話だし、それにそういう趣味の者達もいる」  「知識だけはあるぞ」なんて自慢げに言われてもだ。いくら中身は二十歳でも、十歳の姿の少年の前でそんなはしたない話をしていたのか。くされ貴族どもめ!と思う。  レティシアとて知識がないわけではないのだ。なにしろ王の愛妾として王宮にあがる前には、閨での作法なる本も読まされたが……しかし。 「やっ、あっ!」  手で扱かれて、男の腕に爪を立てて、その肩にひたいをおしあてて、その大きな手のうちではじける。  自慰なんて当然したこともないうえに、いきなり他人の手だ。はあ……と息をついてぼんやりしていると、さらに開かされた足のあいだにぬるりとした指でなぞられて、ひくんと身体がはねた。 「な、な、なにを……!?」 「男同士はここでつながるんだ」  レティシアは固まった。閨での作法なる本が己の正確な知識のすべてであって、そこからロシュフォールの言葉で推察する。  そうだ、たしかに男同士でつながるなら、ここしかない。 「いやか?」 「……だから、後悔するって言ったでしょう?」  レティシアに拒絶する気持ちはないが、混乱したまま、さっきと同じ言葉を口にするなどらしくもなかった。  「一生するわけがない」なんて出来もしないことを誓って、ロシュフォールは指の動きを再開した。  それからはさらに散々な目にあわされた。  そんな場所を驚くべき執拗さでもってロシュフォールはときほぐしていった。途中でレティシアの吐きだした分では足りないと、ごそごそとベッドサイドのテーブルの引き出しを探って「やっぱりあった」と取り出された小瓶に目を丸くした。中身は香油でこうなることを想定して、部屋係が置いていったのだろうと。余計な気遣いだと、自分に幾人か仕える者達にレティシアは内心で毒づいた。  甘い花の香りがするそれで、濡れる音が響くほどにされた。「まだ…ですか……?」と訊ねれば「あと、もう少し」なんて言われて、最初は違和感だけだったのが、びくりと感じる場所が一点あって、見つけたとばかりに、そこを散々にふれられた。  最後には、そこだけが感じているのか、全体が感じるのかわからなくなるほどされて、やっと指が抜かれてホッと息をついたら「まだ終わりじゃないぞ」と言われた。  その頃にはもう普段のレティシアのよく回る頭も、回らなくなっていて「え?」なんて聞き返して、次の瞬間には、甲高い声をあげていた。  指以上の太いものがじっくりと入りこんできたのだ。香油で散々慣らされたせいか、ずるりと奥まで。  それからしばらくロシュフォールは動かなかったが、歯を食いしばって耐えている彼の、額の汗をぬぐうように手を伸ばして「うごいて……」と言えば、ゆらゆらと突き上げられて、それがだんだんと早くなっていくのに、抑えられずに声をあげて、男の背中に手を伸ばして爪を立てた。  そして、なかをぬらされて、男の動きが一瞬とまって、終わった?と思ったら。 「もう、一度。欲しい」 「え?あっ!なあっ!」  もう一度どころか、さらに一回されて意識がその先ない。  翌朝、ベッドから起き上がれず「加減を考えてください!」と、にこにこ顔の相手に文句を言ったのはいうまでもない。    ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇  一年後。  列柱が並ぶ回廊をレティシアは歩いていた。  青みがかった銀色の髪に、右目は凍える様な蒼の瞳。人形のように整った白い横顔。  左側は白いレースで縁取られた、繊細な眼帯に覆われていた。中心には翼ある獅子の王家の紋章に、王妃を現す白百合。顔に走る傷を完全に覆いかくすように、下向きの三角の先には、しずくの形の蒼い宝玉が光る。  この眼帯をロシュフォールから受け取ったときは少々複雑な気分になったものだ。まるで自分のものだとばかりに、王家の紋章を入れてさらには王妃の白百合など。  それでも王からの下賜品をつけないという選択はないので、レティシアはしぶしぶ使っていた。それだけで背後に若き金獅子王の威光が見えるのか、自分を若造の参謀と表面上侮るような者はいないから、助かっていると言えば助かっているが。  一年もたたないうちに飽きられて、王妃の部屋から退居できると思っていたのに、レティシアは未だ王宮住まいを続けている。さらにいうなら、新しい愛妾も、まして王妃も迎えられていない。  そして、向かったのは玉座の間につながる王の控えの間だ。先についていたロシュフォールの姿を見て、レティシアはふう……とため息ついた。 「なんだ?」 「どうして、私が王と一緒に他国の使節と謁見しなければならないのです?」 「お前は俺の参謀だろう?」 「他の大臣方ならば、すでに玉座の間にて使節の方々と共に並んでいらっしゃいますが?」  本来家臣の立場のレティシアもそうすべきなのだ。それなのにこの王は。 「行くぞ」 「はい」  先に立って歩き出す彼の長身の後ろをついていく。赤いマントをたなびかせた、金獅子のような王が玉座の間に現れる。さらにはその後ろから、対のような蒼銀の美しい狐の若き参謀の姿もだ。  五段の階(きざはし)をあがったその上に、黄金の玉座と、そして今世の王の世から、横に置かれたものがある。背もたれのない小さな椅子だ。  ロシュフォールが玉座に堂々と腰をおろし、続くレティシアがその横の椅子にしとやかに腰掛ける。  ひざまずく使節に顔をあげることが許され、謁見が始まった。
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