番外編 君こそが俺の輝ける星~You're My Only Shinin' Star~

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「三百の頼もしい戦士達で十分だ。我が“眷族”にも助力を求める」 「“力”をお使いになられますか?」 「同族たる国軍に使うハメになるとはな。しかし、銀狼の遠吠えを聞いて、なお偽王(ぎおう)につくような兵士ならばそれまでだ」 「たしかに銀狼王の兵士たる資格はありませんな」  グスタフもそして三人の従者達もうなずいた。    ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇  五千の国軍に対して、王太子の手勢はあの頑固者の辺境伯の私兵の三百。  誰もがこの戦は玉座を奪われた哀れなクリストフ王子の負けであると思っていた。すでに自治を認められ、己の利を得た貴族達はどちらにも味方せずに日和見を決め込んだ。  しかし、彼らは忘れていたのだ。  玉座を奪われた王子が銀狼であることを。  五千の国軍と三百の“反乱軍”がヒヨラント平原にて相対した瞬間、周囲からとどろいた狼の遠吠えに動揺したのは五千の兵士達のほうだった。 「狼だ!」 「銀狼の遠吠えだ!」 「おお、我らが始祖!」 「槍を向けるなど畏れおおい!」  クリストフ率いる三百の騎兵。遠吠えとともにその後ろには狼たちの群が現れた。それに五千の兵士達はおののいた。  これこそが銀狼であるクリストフのみに許された力だった。眷族たる狼達を呼ぶ力。兵士達の中には「スタイフ大族長」とこの王子の祖父の昔の名を呼ぶ者もあった。  リンドルホルムという国を作り、眷族の狼たちによって周辺国の干渉を退けた偉大なる王スタイフの名を、誰もが忘れていなかった。  国軍の兵士達のほとんどは己の槍を放り投げて、三百の騎兵と狼たちが突進するのを見送った。  雇った傭兵以外守る者が無くなった叔父エーリクは戦場を逃げ出したが、傭兵達にも見捨てられて、三日後に討ち取られた。  クリストフは日和見を決め込んだ貴族達をすべて許した。ただし、叔父エーリクが与えた自治権を取り上げる形で。  スタニスラワ帝国からの王妃の輿入れは当然見送りとなり、国境近くまでやって来ていた軍も白き森に響く狼達の遠吠えに、引き返していった。    ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇  国を立て直すのに五年かかった。  クリストフは誓い(ゲッシュ)を果たすために、サランジェ王国の王都を訪ねた。  そして玉座の間にて金獅子の大王の隣、王太子や大公と並んで、ちょこんと背もたれのない椅子に腰掛けた可憐な姿に目を細める。  あのとき少女と間違えた十歳の少年は美しく育っていた。すみれ色の瞳の純真な輝きはそのまま、驚きにさらに大きく目を見開くのに、自分のことを覚えていてくれていたのかと嬉しくなった。  案内された迎賓館。自国の王城以上に豪奢なその内装に、サランジェ国が大陸一の歴史を誇る大国であることを知る。  その豪奢さにあっけにとられている供の者達には「焦ることはない。我が国は我が国のやり方がある」と声をかける。追いつこうと背伸びすることなどないと。  そして、ひと夜明けての午後。二階のサロンにて寛いでいると、視線を感じて窓辺を見る。  北の狼族は目も耳も鼻もよく利く。とくに銀狼であるクリストフはだ。  まして、あの小さな銀狐の姿を見間違えるわけもない。  「ミシェ」と声をかければ、銀の尻尾がふわりと揺れた。    ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇  ミシェルに会えない。クリストフがいる迎賓館にぱたりと通ってこなくなった。  原因は思い当たることがあった。お互いの気持ちを確認しあった、あのとき、視線は感じていたのだ。  王宮の誰かに見られたならば、当然話はあの愛すべき王子を溺愛している王の耳にはいったはずだ。  この迎賓館に彼が来られなくなって当然か。  かならず白き森に連れていくと約束した。  誓い(ゲッシュ)は絶対だ。 「殿下のご子息を我が国にさらってよろしいですか?」  帰国まで二日と迫った別れの夜会。話があると大公殿下をバルコニーへと呼び出す。クリストフが切り出せば、彼は息子とは違う氷のような蒼の瞳を軽く見開いた。 「この私に堂々と駆け落ち宣言ですか?」 「もちろんミシェの意思は確認します。あの子の気持ちを俺は大事にしたい」 「……もしミシェルが怖じ気づいて断ったらどうするのですか?」  「あきらめます」ときっぱり言えば、大公殿下はその細い指を形のよいあごに当てた。 「勇敢な花泥棒の宣戦布告には敬意を表さねばなりませんね。いいでしょう。  ただし、我が家の“宝”を盗んでいくあなたには“試練”をかさねばなりませんよ」  「望むところです」とクリストフは微笑(わら)った。    ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇  二年後。リンドホルム王国の都グンナル。その王城、王の書斎にて。 「…………」  受け取った舅からの手紙には、ただひと言「ヘタレ!」と書かれてあった。これはどういうことか?とクリストフは考える。  舅とはサランジェ王国の大王と呼ばれる金獅子のロシュフォールからだ。ミシェルを文字通り“さらって”王妃に迎えてから二年。  いまだ二人のことに不満があるらしい大王殿からは、色々な“嫌み”の手紙を受け取っていた。意外と筆まめなあの王は、ミシェルへの手紙には「いつでも戻って来て良いぞ」と末尾には必ず書いてあるらしい。「戻る気はないけどね」と本人は言っていた。  ミシェルの施術師としての腕と知識は高く、遅れていたリンドルホルムの医療は急速に近代化、改善された。大国サランジェから迎えたこの若い王妃に戸惑っていた者達も、いまでは癒やしの殿下様と臣下も民も呼んで慕っている。  なんだかんだといってくるロシュフォール王だが、手紙とともに最愛の息子の物だけでなく、周りの方々にもと美しい布や菓子などが付けられていた。おそらくはミシェルの母であるレティシア大公殿下の気遣いもあるのだろう。  しかし、クリストフには毎回、とんでもなく派手か、時代遅れの衣装ばかり贈ってくるのはどういうことだろう?  くるくる白いカツラが箱に入っていたときは、しげしげと思わず眺めた。前回贈られた毒沼のような紫の色のガウンに、このカツラをつけた肖像画を父君に贈るべきか?とミシェルに尋ねたら「そんなかっこ悪いクリスを見たくないからやめて!」と止められた。  しかし、今回の手紙の「ヘタレ!」とはどういうことだ?さらには今回付けられているのは衣装ではなく、毒ヘビやらなにやら怪しい材料を使った強壮薬と来ている。  主に歳をとった男性用の……だ。  「俺はまだ二十四なんだが……」とつぶやけば「クリス!」と元気よく書斎の扉が開いた。ミシェルだ。 「僕はもう十七歳になりました」 「ああ、おめでとう」  このあいだ、その誕生の祝いをしたばかりだ。まだ祝いたりなかったか?とクリスが首をかしげれば「違う!」とミシェルがほおをふくらませる。 「母様が父様と結ばれた年齢です!」 「ああ、そうだったな」  あの大公殿下がロシュフォール王の恋人から、さらに王妃と同格の大公にまでなった話は有名だ。知らぬ者はいない。 「ちなみに兄様と僕を身籠もった歳です!」 「…………」  そこでクリストフはすべてを理解した。  文字通りさらうようにしてこの国に迎えた最愛のミシェルだが、クリストフは口付けのみでいまだ本当の意味で手を出していない。  あまりにミシェルが可愛くて、もう少し大人になるまで待ってもよいかな?と思っていたのだが。 「……たしかに“ヘタレ”だな」 「なに?クリス?」 「ミシェはこの国で二度、冬を越したか?」 「うん、一度目の冬祭りも二度目の冬祭りも綺麗だった」  「今年も行こうね」という言葉にクリスは無言でうなずく。  正直、この国の冬の厳しさにミシェルが根を上げないか不安ではあったのだ。もし、帰りたいと思うのではあれば、春になれば戻そうとさえ思っていた。  だが、この綺麗でかわいらしい銀狐は意外にたくましく、一面の銀世界にはしゃぎ子供達にまじって雪遊びをし、トナカイのソリに歓声をあげた。  子供のように無邪気な顔をみせたかと思うと、二度目の冬では、数年に一度流行する子供達がかかりその命を奪うこともある感冒(かんぼう)に、施術師として敢然と立ち向かって幾つもの命を救った。  二年たってミシェルはこの国に馴染んでいた。この優しくも強い癒し手にして王妃をみんな敬愛している。  そして、クリスもまた、自分だけの輝く星のようなすみれ色の瞳を手放せないと思う。 「では今夜、本当の夫婦となるか?」  指先に口づけてささやけば、リンゴのように頬を染めて愛しい伴侶がこくりとうなずいた。  
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