第七話 豪華ゲストのランチタイム

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第七話 豪華ゲストのランチタイム

 金獅子の王様に衝撃を受けていて気付かなかったが、その横に銀狐の大公殿下もいた。レティシアはスカート姿となったシエナに、まったく自然に小さな鉢植えを差し出してきた。 「花を好きだときいたので、卓に飾るのにいいだろうと持ってきました」 「ありがとうございます」  白い可憐な小花が咲くそれを、卓の真ん中に置く。それから台所へ、コリーヌの手も借りて料理を運ぶ。当然のようにやってきて一番重いスープの鍋をランベールが持つ。父王と母大公がいるのに皇太子に給仕の真似事和させるのはどうか?と考えたが、本人がさっさと鍋を持っていってしまったのだから、いいかと思う。  今日はニンジンとオレンジのサラダに、ひよこ豆とほうれん草のスープには分厚い角切りのベーコン入り。干し鱈とジャガイモのグラタン。去勢鳥の丸焼きの中には雑穀と松の実を詰め込んで、それを付け合わせにする。  四人前作ったつもりだが、父と息子の金獅子の食べっぷりを見て、すぐにこれは足りなくなるとシエナは判断して「もう一品つくります」と台所へと。「私にも手伝えることはありますか?」とレティシアがついてきたのに驚いた。  大公殿下が料理!?と思いながら「では、ジャガイモの皮むきを」といもに垂直にナイフを突き立てようとする手つきを見て、瞬時のこの人にまかせたら、いもがなくなるか、その白い指がなくなるか……と悟った。 「お、お気持ちは大変嬉しいですか、ご無理なさらず、お料理を食べてください」  と慌てて背中を押して台所から出て行っていただいた。背中に触れたのは無礼だっただろうか?  食堂にて「お前、料理したことがあるのか?」とロシュフォールの声がして「ありません」ときっぱり答える大公様の声に、シエナは目眩がした。ランベールが「母上、それではシエナの邪魔です」と自分の気持ちを代弁してくれた。  それより、もう一品だとコリーヌにジャガイモを少し厚めの輪切りにしてくれと頼んで、自分は豚肉を切る。少し大きめの一口大にしてフライパンに。焼き目をつけてオーブンの鉄板にあげて、フライパン残った肉汁をコリーナが切ってくれたジャガイモにからめるように軽く炒めて、これも肉と一緒にオーブンに放り込む。  コリーヌに焼き加減を見てくれと、頼んで食堂へと。健啖家の獅子の親子の食べっぷりは見ていて気持ちいい。自分が戻ってきたときには去勢鳥の半分がなくなっているのを見て、やはり料理を追加してよかったと思った。  大公殿下はサラダとグラタンがお気に入りのようで、「これはどうやって作るのですか?」と聞いてきたので「ごく普通の家庭料理ですから凝ったものではありません」と説明した。  「作るのか?」とランベールが期待満々の声で質問するのに、レティシアは「そうですね。料理というのもいいかもしれません。シエナに手伝ってもらいます」との返事に、ドキリとした。このジャガイモをナイフで突き刺そうとする大公様と料理? 「母上、それは結局シエナが全部作ることになるのではないですか?」  とランベールの冷静な言葉にレティシアはあごに手をあてて少し考えた。 「親子で料理というのも良いかと思ったのです。シエナが台所でくるくる働くのが、ここから見えたでしよう?」 「それを言うなら、母上にしてもミシェルにしても、料理の一つもしたことありますか?」 「それを言うなら、俺達もそうだぞランベール。茶の煎れ方もわからん」 「たしかに」  なんだろうこの会話とシエナは思う。そりゃ、全員王族なのだから、料理以前に自分でお茶を煎れるなんてことさえないだろう。  コリーヌの声がしたので、台所に戻り追加の料理の仕上げをする。本来なら固まりで焼く豚肉を切ったのは、短い時間で調理するためだ。  豚肉と芋を大皿にもって、残った肉汁でソースをつくる。バターに白葡萄酒を入れて軽く煮詰めてから、レモンをしぼる。それを焼いた豚肉とジャガイモに回しかける。最後にハーブを散らして出来上がりだ。 「おお、うまそうだな」 「シエナの料理は全部美味しいですよ。父上」  湯気の立つそれを持っていくと、二匹の獅子が大半平らげてくれた。自分とレティシア大公も味見の一口を。うん、さっと作ったけれど上手くできている。  デザートは蜂蜜のスパイスケーキ。白いメレンゲで表面を固めたそれを、さっくりと切り分けて頂く。  甘い物もいけるのか、大口をあけながら綺麗にそれを平らげたロシュフォールが「シエナ」と呼びかける。 「はい」 「北と南、どちらが好きかな?」  どういうことだろう?とシエナは少し考えてしまったが、ランベールに「気楽に好きな方を言えばいい」とうながされて口を開く。 「南です」 「ではこれからは、セヴィニエ伯爵令嬢を名乗るといい」  シエナはぴしりと固まった。北と南というのはそういう意味だった?北の領地の伯爵家と南の領地の伯爵家とどちらがいいか?と。  「大満足であった。また、ちょくちょく馳走してくれ」とレティシアとともに去っていった王様と「ではごきげんよう、セヴィニエ伯爵令嬢」とさっそくそう呼んでレティシアは出て行った。  スカートのわきをつまんでひざを軽く折って見送ったシエナだったが、二人の姿が見えなくなるなり残っていたランベールに「なに考えているんだ!?」と詰め寄った。 「セヴィニエ伯爵って誰?」 「初めはお前をどこかの貴族の家の養女にと思ったんだが、父上がよく考えたら母上の大公家だって“新設”したのだから、伯爵家も作ってしまえばいいという話になってな」  そもそも領地は王家の所有地をあてがう名ばかりのものだから、気にする必要はないという。いや、だからそういうことじゃない! 「暗殺者の以前に、出自もわからない平民に爵位を与えるなんてどうかしてる」 「気にするな。どんな王侯でも始まりはただの平民だ」 「…………」  たしかに神話の神々が祖先だったり、尊き血筋だと気取っているが、どこの王族だって始まりは武力で領地をもぎ取ったただの平民だろう。  それを大陸一、歴史ある王家の皇太子が平然というのも、大胆というか豪胆というか。 「だいたい休戦期間は一ヶ月だろう?爵位なんて与えてどうする?」 「これでお前と一緒に堂々と外出出来るということだ」 「え?」  シエナはきょとんとした。    ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇  王立劇場。  今宵の演目は人気のオペラだ。  妖精と恋に落ちた王子は、しかし、魔女の呪いによって彼女のことを忘れて、魔女の作り出した邪悪な娘を恋人だと勘違いしてしまう。  嘆きのうちに妖精は亡くなり、記憶を取りもどした王子は魔女に立ち向かうが、その邪悪な力に押しつぶされるそうになる。  そのとき妖精の魂が王子の剣に宿り、魔女と相打ちとなる。  魔女の魂は地に落ち、二人の魂は抱き合いながら天へと昇天する。  悲劇なのか、それとも二人は幸せになったと見るべきかわからない。  初めてのオペラは夢のようにきらびやかだった。黄金と緋色に彩られた劇場は額縁のごとく舞台を彩る。可憐な歌姫の歌声と朗々と若々しい王子のテノール。魔女の甲高い歌声は夜の森の背景の中、背筋が一瞬ぞっとするほど邪悪だった。  泉に集う妖精達のダンス、そのバレエもとても素敵だった。白い衣をまとった細身の踊り子達は、本物の妖精のように見えた。  オペラ座の王家専用のバルコン席。シエナは舞台に一心に見入っていたけれど、そのシエナの姿こそ注目されていた。  星くずを散らしたような艶やかな黒髪は、今宵は綺麗に結い上げられていて、雪のような白い肌、うなじからほっそりした首が強調されている。その首に巻かれたリボンには、大粒の輝くサファイアのブローチ。  舞台を一心に見つめる黒い瞳は大きく、星のように輝いている。濡れたような長いまつげ、つんと上向きの形の良い鼻に、花のように小さな赤い唇。  隣に座る金獅子の皇太子もまた、舞台よりも黒狐の少女を愛おしげに見つめている時間が長いようだった。  バルコン席や桟敷席にいる貴族やブルジョア達は、この二人の姿を見てはこそこそと噂しあった。 「聞けば引退した老騎士の孫だったというではありませんか。それがいきなり伯爵令嬢など」 「大公殿下の例があるからな。もはや王家は娶る狐族の血筋は問わぬということか?」  「大陸一古い血統に低い身分の血など嘆かわしい」という声に「いやいや」と反論する声。 「それが実はどこぞの王家の御落胤という話もあるのですよ」 「まさか」  そんな人々の噂話をよそにシエナは初めて見るオペラに見入っていた。    ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇ 「楽しかったか?」 「うん、とても」  帰りの馬車の中、シエナは初めてみたオペラの興奮冷めやらずに、めずらしくもはしゃいでいた。 「歌い手の声はみんな素晴らしくって、妖精は可憐で王子様は少し馬鹿で」 「馬鹿か?」 「あっさり魔女に騙されて、作り物とはいえあんな性格の悪い娘を運命の恋人思いこむなんてさ」  だから妖精を一度は失うことになるのだ。 「魔女の声はちょっとゾッとするぐらい迫力があったな」  魔女の声というのはどこでも恐ろしいのだろうか?シエナは生まれたばかりの自分の記憶を思い出す。  自分を「いらない子」だといい「一度きりなら役に立つだろうと」。  あの白い施設にいたときも、仮の祖父母と小さな家で暮らしていたときも、なにも疑問に思わなかった。  一度きりの機会を待って、その先のない自分のことを。  それを考えることさえ奪われていたのだから。 「バレエも綺麗だった」  ぽつりとつぶやく。あの魔女の声は本当の記憶なのか。それとも幼い自分が作り出したものなのか、わからない。 「湖の場面はとても幻想的で」 「なら、今度はバレエを観に行くか?」 「本当!?」  子供のように瞳を輝かせて前のめりになってしまった自分を自覚して、シエナはほんのり頬を熱くして、身を引こうとしたが。 「え?」  あごに手がかかって、ふわりと唇が重なった。  どうしていきなりキスなのかわからずに、固まってしまう。  唇が重なっていたのはどれほどだったのか。馬車が止まり、ランベールに手を差し出されて降りる。  その夜も当然のように彼は、自分の寝室にやってきて同じ寝台に寝たけれど。  手を出しては来なかった。  出されても困るけど。
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