第八話 リボンで縛るように捕まえていて

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第八話 リボンで縛るように捕まえていて

 小さな中庭に花が咲いた。 「美しいな」  明日にも咲きそうだと昨夜、話をしたら明日、見に来るとランベールが言った。シエナは草木を手入れする手を止めて振り返る。 「本当に来た」 「来ると言っただろう。そもそも毎日昼には来ている」 「そうだったね」  この王子様はなにを気に入ったのか、シエナとかならず昼を取る。一流の宮廷料理人がいるというのになんのもの好きか、シエナの料理を美味しそうに食べるのだ。  シエナとしてもあの台所を自由に使っていいと言われて、毎日の自分の昼ぐらいは作るつもりでいたから、一人分も二人分も変わらないのだけど。  むしろ、一人だったらあまる料理がかたづいていくのを見るのは気持ちいい。これに大王と大公殿下がはいる日もけっこうある。前の晩か、朝に知らせてくれるからいきなり来られて慌てることもないけれど、もう数度お昼をふるまっている。あの方々もモノ好きなものだ。 「今日はここで食べよう。サンドウィッチを作ってきた」 「それは楽しみだ」  中庭に卓と椅子を出してもらい、持って来た昼食を広げる。  具材は新鮮な葉野菜にトマトに上等なハム。前日から下ごしらえをしておいたニシンの酢漬けに、塩漬けの牛のすね肉を野菜と一緒にことこと煮込んでから、オーブンで焼いて細かく裂いて具にした。  煮込んだ野菜入りスープはもちろん無駄にしないで、こし器で潰して新鮮な牛乳でといてポタージュにして、前日のお昼に出したら、三杯もお代わりしまくって、目の前の王子様が全部平らげてくれた。  サンドウィッチだけでなく、ジャガイモとチーズのクロケットにゆで卵も添えて。大きなバスケットにいっぱい詰めたけれど、もう半分無くなっていた。それでいてけしてがっついている風ではなく、パンくず一つこぼすことなく、優雅な大口?に食べ物が消えていくのを見るのは、いっそすがすがしい。 「バレエは楽しかった」  昨夜はオペラ座でバレエを観た。人間の恋人達と妖精達を巻き込んだ恋のから騒ぎ、惚れ薬をめぐって、互いの恋人を取り違えたり、真実の愛に目覚めたり、そんなひと夜の騒動。  夜があけて、妖精達が去って、目覚めた三組の恋人たちは「あれは夢だったのかしら?」とそれまでの倦怠期やら、誤解なども忘れて、結局元の鞘へとおさまる。  このあいだのオペラの重いお話とは違う、くすりと笑ってしまうような、滑稽なドタバタ劇だ。でも妖精の華やかさに、恋人達の甘い愛のささやきと、その踊りは見事で美しかった。 「楽しんだようでよかった。また行こうか」 「うん」  うなずいて、少し考えてしまう。休戦期間の一月が終わるまであと少しなのだ。そのとき、自分はどうするのだろうか?と。 「温室ももうじき出来そうだな」 「そうだね」  庭師と連れてきて大工が張り切っていたので、結局断りそびれて、中庭の片隅には蔦の絡まる鳥かごがモチーフの小さな温室が出来かけていた。だけどこれも、休戦期間が終わる一月後まで完成するには少し時間が足りない。 「また、温室に入れる花を考えないといけないな」 「今度は選ばせて欲しいかな?あれから図書室で植物図鑑も借りたし、ジャンにも色々聞いたし」  ジャンとは庭師のことだ。中年の庭師はシエナに色々なことを教えてくれる先生でもある。 「そうだな。今度は相談して、花を決めよう」 「うん」  だけど、それは休戦期間の先であることをわかっていて、シエナはうなずいた。  これじゃまるで幸せを装う家族……いや、家族ではない。だったら、恋人……なんて違うと思う。  休戦期間が明けたらまた自分は彼を殺そうとするだろう。  今は暗示もなく、胸がどうして切なくなるのか、わからなかった。    ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇  休戦期間が終わる三日前「明後日、共に外出してくれ」と言われた。オペラやバレエ鑑賞のように夜ではなく、昼間の王都だと言う。  ロシュフォール王とレティシアの考案で王家が秘蔵していた美術品、彫刻や絵画を、広く市民に公開するための美術館を作ったのは十年ほど前で、その視察にランベールが向かうのだと。 「わたしが同道?」  どういう立場なのだとシエナは思うが「それはもちろん、セヴィニエ伯爵令嬢として」とランベールに言われた。  それだって休戦期間が終わればうやむやになるんじゃないか?とシエナは思っていた。  すでにセヴィニエ伯爵令嬢が、皇太子の婚約者として周知されていることを、シエナはこのとき当然知るよしもなかった。    ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇  美術館は元々は古い要塞で、それが王家の離宮へと改装され、今度は美術館となったものだった。  歴代の国王や家族、寵姫達の肖像画を眺め、神話の古いタペストリーに、古代の遺跡から発掘された彫像を見た。腕など欠けているのに、それでもどこか美しい。  その所蔵品だけでサランジェ王家の歴史が感じられるものだった。王族に貴族でも王宮に来なければ見られなかった貴重な品を、市民へと解放したロシュフォール王の度量と、レティシア大公の先見性もだ。市民達は王族に直接会うことはなくとも、数々の美術品を通して王家に親しみと尊敬の念を抱くだろう。  美術館の視察を終えると「少し歩こう」とランベールに言われた。外は王都の大通りに面している。プラタナスの並木が美しい石畳の通りだ。  オペラ座もこの通りにあり、夜も黄金色の灯りに輝く街並み馬車から眺めたけれど、昼間、徒歩で見るのはまた別の興味深さがあった。周りは近衛の騎士に囲まれてのことだけど。  皇太子と行くシエナとそれを取り囲む護衛の者達。その外に市民達がそのお姿をひと目見ようと、集まっているのが見えた。  シエナは、市民達は金獅子の皇太子目当てだろうと思っていたが、彼らの瞳はその傍らに立つ、可憐な姿にも向けられていた。歩くための、裾を引きずらないように裳裾をたくし上げた淡い若葉の色のドレス姿。レースにリボン、白い小花の造花で飾られた、小さな頭を包むボンネット姿。そこからこぼれる黒檀のような艶やかな黒髪に、大きな愛らしい瞳。 「綺麗なお姫様だね」 「王子様と仲がよさそう」 「あのリボン屋に入って行くよ」 「なに買われるのかな?あたし、同じの欲しい」 「あたしも、あの綺麗なお姫さまみたいになれるかな?」 「あんたの縮れた赤毛じゃ無理だと思うけど」 「なによ!」  なんて娘達の言い争いをよそに、シエナは留守番しているコリーヌのためにリボンを買った。ランベールも「これはシエナに似合うのではないか?」とあれこれいくつかと。  それから王家の御用達だという、ショコラのお店で宝石のようなそれをいくつか選んで、詰め合わせてもらった。これはロシュフォール王とレティシア大公へのものだ。大王は強い酒とともにショコラを楽しみ、大公のほうはヌガー入りのボンボンが好きだという。  金のリボンをかけてもらい、箱はうしろについている侍従が受けとる。  先にランベールが店を出て、二段ほどの階段があってシエナに手を差し出す。その手にレースの手袋を手を重ねておりる。  そのとき背の高い護衛の騎士達の足のあいだをすり抜けるようにして、一人の少女が駆け寄ってきた。両手に小さな花束を持っている。  騎士達が止めようとするが、それを「かまわない」とランベールは自分に真っ直ぐやってくる、少女に向かい片膝をついて、その花束を受け取ろうとした。  微笑ましい光景にシエナも笑みをうかべたが、一瞬後にはその大きな瞳を見開いていた。  直前まで近づいた花束からキラリとのぞいたのは、小さなナイフだ。それを愛らしい笑顔を浮かべたまま、なんの予兆なく王子の顔面に、その眼球に突き立てようとした。  力の弱い子供であっても、脳まで達すればそれは十分な致命傷だ。  しかし、ランベールは後ろへとのけぞることでそれを避けた。同時にシエナの手が伸びて、少女の手から凶器をとりあげた。  突然の事態に近衛の騎士さえ動けない状況で、シエナは凶器を後ろに投げ捨てると、両手を少女に伸ばす。  それは捕らえるためでなく、止めるためだった。  笑顔で王子に凶器を向けた。あのまったく殺意のない人形のように正確な動き。あれは“暗示”だ。  では、暗殺が成功しようと失敗しようとそのあとは……。  だがシエナの手が少女に届く前に、彼女の唇から血が伝い落ちた。少女の身体は仰向けにぱたりと倒れる。見開いた瞳は、なにも見ておらず、その顔も苦痛にゆがんでおらず無表情なのが、まるでうち捨てられた人形のようだった。 「あ、あああっ!」  逆に悲鳴をあげたのはシエナだった。少女の遺体をその視界から隠すように、立ち上がったランベールがシエナを抱きしめる。がくがくと震えて動けない細い身体を抱きあげる。  そして、すぐにやってきた馬車へと、護衛の騎士達に囲まれて乗り込んだ。    ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇  馬車でもランベールはシエナをひざに乗せて離さなかった。宮殿につけば、そのまま抱きあげて己の寝室へとはこんだ。  寝台へと腰掛けシエナを再び膝へ。 「わたしは、わたしたちは……」  シエナは震える声で告げる。わかった、わかってしまった。 「人を殺すためだけに育てられた。目的を果たせば死ぬように……それ以外の意味なんてない」  そうだ。あんな小さな子供のときから自分達は、それになんの疑問も感じず、ただ淡々と殺しをするように育てられた。  そして目的を果たしたあとは……。  あれも暗示だ。自分達が習った自己暗示とは別に、すり込まれていた自壊装置。  殺しを果たしたそのあとは、すべての証拠を隠滅するように、自分達もまた死ぬようにすり込まれていた。 「違う、シエナ!」  ランベールが抱きしめていたシエナを一旦離して、その顔を真っ直ぐ見る。そして告げる。 「俺にはお前が必要だ。愛しているんだ」 「愛……なんてわからない」 「今はわからなくていい。だが、俺がお前を死なせたりしない。だれが最愛の死を望むものか!」 「でも、こわい。わたしのなかに魔女の呪いが残っている」  なぜか、そう感じた。そうだあれは生まれた頃にきいた魔女がかけたものだ。生まれたすべての子供に……。いらない子供、使い捨てに出来る子供にかけた呪い。 「魔女?」 「怖い、怖い、ランベール。わたしはまたわたしではない意思で、あなたを殺そうとするかもしれない。わたし自身の手でわたしを処分しようとするかもしれない」 「させない。俺が絶対にそんなことさせない。俺は死なないし、お前だって死なせない。こうやって抱きしめて、がんじがらめにしてやるから」  そのまま寝台へと押し倒されて、手首をつかむ大きな手に安心した。唇に唇が触れて、閉じたままに出来ずに開いたら、舌がするりと入りこんできた。大きな肉厚の舌に絡め取られて、逆に自分の舌が食べられるんじゃないかと思ったけれど、そんなほんの少しの恐ささえ、背筋がぞくぞくする別の感覚へと変わる。  しゅるりと首のリボンをほどかれて、唇が押し当てられるのに「あ……」と声をあげる。  抱かれるのかな?と思う。  前のときは嵐のようでよく覚えていない。  いまもまた混乱はある。だけど、身体を滑り降りる大きな手の感触ははっきりしてる。熱い唇も。  ドレスを脱がされて、平らな胸に何度も唇、押し当てられるのに「楽しいの?」とまぬけなことを聞いてしまった。  そしたら、胸の左の小さな赤いとがりに、吸い付かれて「あ……」と声をあげてしまった。もう片方も指先で転がされるように、こんな場所がこんな風に甘く切ない感覚をもたらすなんて知らない。  足の間の花芯を大きな手で包み込まれたときには、ほおがかあっと熱くなった。そこは胸や他の身体への愛撫で、すでに立ち上がっていた。  男女のことは知らないわけじゃない。あの白い施設でも教わった。寝台のなかでは人は最も無防備になると、その目的ややりかたも。自分達は知識として、ただ淡々と習っただけだ。  だから、人間の男が興奮してこうなることも、だけど自分がこうなるなんて信じられない。大きな手で包まれて、しごかれて声をあげた。 「や、やだぁ……こんなの……な、なにか…出ちゃ……」 「いいんだ、素直に出してくれ、シエナ」 「あっ…ひゃあ、あ、あっ!」  なにかはじけた。ぬるとした感触に息をつく暇をもなかった。花芯よりさらに下に滑って、狭間にある蕾に濡れた指が触れたからだ。 「な…に……?」 「覚えてないか?ここでつながっただろう?」 「あ……」  混乱の中で覚えている疼痛にぶるりとふるえれば「今度は痛くないようにする」と、耳たぶを噛みながら甘くささやかれた。  そして、指が周りをゆっくりほぐすよう動いて、それから、なかへと浅く入る。 「んっ!」  無意識にきゅうっと指を締め付けてしまえば「力を抜け」と言われた。そんなのわかんないと首をふると「深く呼吸をくり返して」といわれて、息をつけばするりと指が入りこんでくる。 「は…ぁ……」 「ここだったな?」 「やぁっ!あ!」  奥を探る指に、そこに確かめるように触れられて、ひくんと身体がはねた。花芯を刺激されたときより、もっとなにか濃密でイケナイ感じがして、シエナはくらりと目眩を覚えた。 「そこ……ふれ…な……」 「ここが気持ちイイんだ」 「ひゃあん!」  なにかとんでもない声が出たけれど、それを気にかける余裕なんかなく、そこをしつこく刺激されて、指が増やされた上に、さらになにか良い香りがしてそれがあとで香油だと知った。  そうして、もうなにもかもわからなくなった頃に、ゆっくりと入ってきた指より、さらに熱くて太くて硬くて長いものに「あああっ!」と声をあげて、男の広い背に両手をまわしてしがみついて、爪をたてる。 「そうだ、俺にしっかりつかまって離れるな。俺も離さない」 「うん…あ…捕まえ……てて……」 「安心しろ、永遠だ」  あせに濡れたひたい、壮絶な笑みをもって言われて、そんな男の顔を見たのが記憶の最後だ。あとは、何度も何度も揺さぶられて、高みに押し上げられて、それから、また律動を開始されて果てなく……。
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