第十二話 魔女の誤算

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第十二話 魔女の誤算

 その夜は悪夢に飛び起きることはなかった。  だが、目覚めたときにどこか頭が重く、身体もだるかった。  朝食もあまりとることもなく、それを心配したランベールに「調印式は欠席するか?」と言われて首をふる。  彼の優しさはうれしいけれど、まだ皇太子妃ではない自分を招待してくれた、あちらの好意を無には出来ない。大切な調印式なのだ。  それに欠席するような体調不良ではない。ぐっすり寝たはずなのに、眠れた感覚がないのと食欲がないぐらいだ。 「大丈夫出るよ。それに船に乗るのも楽しみだし」  無理に笑顔をつくれば、ようやくランベールもまた、ホッとしたように微笑んで「無理はするなよ」と言って頭を撫でてくれた。  優しい人だと思う。  同時に失いたくないとふいに思った。 「どうした?」  ぎゅっと腕をつかんでしまって、シエナは「なんでもない」と首をふる。  不安に思うことなどなにもないはずなのに……。    ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇  宿泊先である王家所有の城館から出て、帆船に乗り込んで海へと出れば、胸にあったもやもやなど吹き飛んでしまった。青い空に映える白い雲。港からついてくるカモメたちの鳴き声。  港から徐々に離れていく船から、カルフルールの街の全体像が見える。オランジュ色の屋根と海との対比がとても雰囲気のある街だと思う。 「気分が良くなったようだな」 「うん」  甲板にて、風で帽子が飛ばされないように押さえながら、飛ぶカモメたち越しに街に見入っていると、後ろからランベールに声をかけられた。振り返り、ふわりと笑う。 「なんだか、今頃、お腹が空いてきちゃった」 「それではお茶でも用意させるか?」 「うん」  船長室に招かれて船尾の大きく開いた窓越し、いつまでもついてくるカモメと、遠ざかっていく岸辺と海を眺めながら、お茶にサンドイッチに焼き菓子の軽食をいだたいた。  その後もあれこれと話しているうちに、目標の商船が見えてきたと、士官が報告にきた。  和平調印の場は海峡の真ん中。それも、どちらかの国の軍船ではなく、中立であるカヴァッリ地方の海洋都市ヴェラスの客船に双方が乗り込んで調印という運びになっていた。  客船を真ん中に寄せられた二隻の船から板が渡され双方が同時に渡る。シエナはランベールに手をとられて、今日の衣装はつば広の帽子に黒の縞がはいった大きなリボンに羽根飾り、色とりどりの花の造花。ドレスも襟が詰まった昼用のもので、こちらにも胸元に黒いしまのリボンが飾る。  今日ためにとレティシアが選んでくれたものだ。  あちら側を見やれば、赤色の軍服と文官達に囲まれた女性がいるのが見えた。歳はシエナと同じぐらいか。ずいぶんと若い。  あれがマージェリー王女だ。珍しい女性の白獅子。白い巻き毛に、面立ちにまだまだあどけなさは残るが、その青い瞳には聡明さと意思の強さを感じさせる。  式典が始まり、両国の外交官が条約の文言を確認しあい署名の運びとなった。真ん中に置かれた卓にランベールとマージェリー王女が歩み寄り、二枚の羊皮紙に双方の署名をし、それを交換しあう。  署名を終えたランベールがこちらに戻ってくる。その長身の肩越し見えたものに、シエナの意識は吸い込まれた。  赤い軍服の壁に囲まれるようにして、黒いローブまとった魔女が立っていた。離れているのにわかる赤い瞳がこちらを見ている。  魔女の蝋の様に白い顔。まがまがしく浮き出た赤い瞳に、赤い唇。その唇が声もなく動いた。  なのにシエナの耳にはありありと届いた。  さあ、お前の愛する男を殺せ。  と。  シエナの手が無意識に動く、袖口のレースに隠れた暗器をするりとその手に滑り落とす。  そして、ひゅんと投げた。  その素早さに、そのとき誰もシエナの手から凶器が放たれたのを見えなかっただろう。  唯一、わかっていたのはランベールだった。彼は一瞬金色の瞳を大きく見開き、しかし、身を沈めることも横に避けることもなく、歩みを止めなかった。  凶器は彼の顔の横をすれすれに飛んで、そして、そのさらに後方。  シエナを見つめていた赤い瞳。その青白いほどの眉間に吸い込まれた。  黒いフードを目深に被った身体が後ろに倒れ込む。そのとき白い巻き毛が見えた。頭の上の獅子の耳も。  しかし、それはすぐに赤い兵達の制服に隠れて見えなくなった。さらにその周囲にタイテーニア女王国側の人々が集まり、軽い騒ぎとなっているようだった。  しかし、サランジェ側のほうもそれは同じだ。膝から崩れるように倒れるシエナに、駆け寄ったランベールがその身体を抱きとめる。シエナはぐったりとして意識を失っていた。「軍医を!」と騒ぐ侍従達に、周りを囲む青の制服の親衛隊の者達。  そして、赤の制服をまとったタイテーニアの兵達が、こちらを一斉に向いてあきらかな敵意の強い視線を向けてきたのに、ランベールとシエナの周りを囲んだ親衛隊の者達は緊張する。  平和条約の調印から一転、少数の隊とはいえ双方の軍がぶつかるのではないか?と思われた、そのとき。 「その不審者を早く運び出しなさい!」  マージェリー王女の大きくはないが、鋭い声が響いた。その言葉を受けた当初、兵士達は戸惑っている風であったが「早く船へ。わたくしも戻ります」との続けての言葉に、彼らは床に倒れている黒いローブの魔女の身体を取り囲み、こちらから見えないようにして運んでいく。  そのあとからマージェリー王女が続く。王女に耳打ちされたあちら側の外交官がやってきた。  そして、述べたのが式典に不審者が紛れ込んでいたこと。これは我が国の不手際であり、その者の処罰もこちら側でするとのことだった。  なんとも不自然な申し入れに周囲の者達はざわついたが、ランベールは「承知した」と答えて、彼もシエナを横抱きにして、そのまま自国の戦艦に戻る。彼を囲むようにして親衛隊や関係者も続いた。  しばらくは、客船を挟んで双方の軍艦はその場にいたが“軽い”騒動はあったにせよ、和平条約は成立したと双方が確認しあい、両国の軍艦とその護衛艦はその場を立ち去った。    ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇  シエナが目を覚ますと、寝台のかたわらにランベールがいた。 「ここは?」 「カルフルールの城館だ。あのあとお前は気を失って、ここに運んできた」  そこでシエナは思い出す。ぽつりと言う。 「魔女がいた」 「シエナ」 「思いだした。白の施設にいた頃、一年に一度。黒いローブをまとった魔女がやってくる。そうして、子供達一人一人の瞳を見つめて……」  お前は役立たずの悪い子ではないね? 「魔女はものすごく怖くて、なのに会ったことは翌日にはみんな忘れているんだ。思えばあれは“暗示”だったんだと思う」  魔女の暗示と、繰り返しの自己暗示。そうやって、良い子の暗殺者達は育てられていった。  それは白い施設での教えの魔法が解けたあとも、魔女の呪いとしてシエナの中に残り続けていたのだ。 「魔女は前日の港街にもいた。遠くで声なんて聞こえないはずなのに、あの呪われた声が聞こえたよ」  役立たずの悪い子ではないね?  お前は良い子だね? 「そして、あの船の上で魔女は『お前の一番愛するものを殺せ』とわたしに命じた」 「だが、お前はそれにあらがい、見事に勝った」  ランベールの言葉にシエナはこくりとうなずいて。 「初めは手が勝手に動いたよ。袖口に暗器を滑らせて、そうしてこちらにやってくるランベールに標的を定めて。  でも、嫌だと思った。だって、一番好きな人を殺せるわけがない」  それが魔女の誤算だとシエナは思う。  最愛を殺せなんて。  それがどんなに力ある呪いでも、跳ね返すことが出来た。  そして魔女に向かい暗器を飛ばしていた。 「ランベールが生きていてよかった」 「シエナ」 「やっとわかった。大好き……んっ!」  言った瞬間、唇をふさがれていた。シエナもまたランベールの首に腕を回して口付けに応える。 「ふぁ…あ…ん……」  すぐにそれは深くなって舌を絡め合う。まざりあう蜜のような唾液をのみ込んで、まだ足りないと求めるうちに、寝台に押し倒されていた。  唇を離されて、耳たぶをかしりとかまれて「あ……」と声を上げる。髪に長い指がいれられて、真っ直ぐな黒髪が梳かれる。その感触も心地よくてほう……っと、息をつく。 「頭、撫でられるの好きだな」 「ん、あんまりされたことないから……かな……?きゃ……」  大きな手が子供にするみたいに、今は撫でてくれる。あ、でも胸に吸い付くのは子供にしないな……と思う。 「うぁ…ん……胸…や……」 「じゃなくて、ここも好きだな?」 「しゃべ…らな……いで……」  軽く歯が当たる感触が怪しい疼痛を生む。手が下に滑って、足のあいだの花芯を握られて、自分がすでに兆していることが、恥ずかしくなってくらりと目眩がした。  無意識に足を閉じようとしたら「ダメだぞ」なんて言われて、ぐいと逆に大きく開かれて顔が埋まる。 「ダ、ダメ…それ…ん、ん、ああアッ!」  そんなところに口なんて、いけないと毎回言っているのに止めてくれない。そのうえに、気持ちいいのだ。今はなぜだか前よりももっと。 「や、や、出ちゃう…からっ……ひゃあんっ!」  どんな我慢しても、我慢した分だけ快楽は増して、身体を震わせてしまう。無意気に男の頭を掴んで押さえつけるようにして。  涙目でにらみつければ、こくりと動く喉。端正な唇に白濁が伝い、それを指でぬぐうのに「馬鹿ぁ!」と手をふりあげたら、ぱしりととらえられて、膝の上に向かい合わせに抱きあげるようにされた。  そして、するりと腰のあたりの背のくぼみを指でなぞられて、ぴくりと細い肩がはねる。と同時に指が双丘の奥へと進む。香油をまとった指が一本、ぬるりと入りこんでくる。 「あっ!はあっ!」  身体を開くとき、いつだってランベールは丁寧だ。初めてのとき、性急だったのは暴れる自分の身体を押さえつけるのと、それにいつまた命を絶つか……焦燥に駆られていたのだろう。  だからなのか、二度目からは本当に丁寧に丁寧に開かれた。一本の指で香油を塗り込めるようにして、二本の指で感じる場所をくりかえし探るように、三本になってゆるゆる抜き差して、シエナが耐えきれなくて腰を振るまで。  自分から腰を揺らすなんて恥ずかしいのに、だから、ようやく与えられたそれに、理性なんて吹っ飛んでしがみついて、なんかすごく恥ずかしいこと言っていたような気がする。  今、だって、シエナの太ももを熱く固いものが押し上げるようにしていて、濡れた感触さえして、やせ我慢と思う。それなのに三本の指でねちねちと、快楽を覚えた身体は早くも腰を揺らしてしまって、シエナは大胆に手を伸ばして、ランベールのたくましいものをつかんだ。  指が回りきらない?瞬間こんなのが自分のなかにはいってくるのか?とちょっと怖くなったけれど、口を開く。 「もう、いれて…っ……!はぁああぁああっ!」  指が抜き取られた瞬間、一気に入れられて背がのけぞる。それを大きな手が支えてくれた。  足を抱え上げられて、ぐっぐっと突き上げられる。そうされてしまえば、残っていた理性のかけらさえ飛んで、腰をくねらせて甘い声でねだる。 「おく……もっと…ついて……たくさん……」 「シエナ、かわいい、シエナ」  結局、またなんかすごい恥ずかしいことたくさんしたような気がした……と、翌朝、枕に真っ赤になった顔をうずめるシエナがいた。  ご満悦で、横で半身を起こして、そのすんなりとした黒髪を指ですく、ランベールだった。
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