第十三話 おとぎばなしのラストはハッピーエンドで

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第十三話 おとぎばなしのラストはハッピーエンドで

 朝、ゆっくりと起きて、朝食なのか昼食なのか微妙な時間の食事をとって、シエナはランベールに「会ってもらいたい方がいる」と城館の外へ連れ出された。  馬車はサランジェ王室の紋章が入ったものではなく、これが忍びの外出だとわかる。供揃えの騎馬の騎士達も、親衛隊の選りすぐりだがかなり数は絞っている。  行く先は運河沿いの他の建物よりは間口が三倍ほど広い豪商の家だった。この港では邸宅の間口によって住民税が決まるために、ほとんどの家は入り口の幅は狭く、奥へと長いのだ。  少し時代遅れのジュストコールを着た執事に案内されたサロンで、先に待っていた人物にシエナは軽く目を見開いた。  そこには昨日は遠目で見た、タイテーニア女王国のマージェリー王女がいたのだ。  「お知らせを受けたときには驚きました。よくぞいらっしゃいましたね」とのランベールの言葉には二重の意味があっただろう。純粋に突然の来訪に驚いたというのと、皇太子である王女が和平条約を結んだとはいえ、他国の領地に足を踏み入れる危険をおかすなどと。  それに王女は「どうしてもお話したいことがあったのです」と続けてシエナを見て。 「あなたにお会いしたかった」  と告げた。  ランベールに、マージェリー王女、双方がついてきた近衛の兵士たちに目配せすれば、彼らは部屋の端と端の双方の扉から出ていった。  人払いをしたサロンには、低い卓を挟んで向かいあうランベールにシエナ。そしてマージェリーだけとなった。 「昨夜、タイテーニア女王国国王グウェンドリン二世が崩御いたしました」  マージェリーの言葉にシエナだけでなく、隣に座るランベールまで軽く息を飲む。同時にシエナは確信する。  あの黒いローブの魔女はグウェンドリン女王自身だったのだと。ローブからのぞいた白い髪に獅子の耳は見違いではなかったのだ。 「明日にも女王の崩御と、国名をタイテーニア王国に戻すという決定を内外に発表します」  女王国を王国とする。それにどういう意味があるのかシエナにはわからなかった。  あとでランベールが話してくれたが。  「女王の治政は五十年と長く、国名を改めたのも女王が即位して、たしか二十年の記念のときだ。それを王国に戻すということは、一代でタイテーニアを大国に導いた、かの女王の時代の終焉ということだろうな……」と。 「……正直わたくしはあの方が怖かった」  ぽつりとマージェリーがもらしたひと言。それが誰を指しているのかシエナにはわかった。シエナにとっては赤い瞳のおそろしい魔女でしかなかったけれど、王女は女王をもっとよく知っていただろう。  しかし、今の言葉で二人の関係は母子というものから、ほど遠いものがよくわかる。女王と王女の年齢差を考えれば、本当の親子ではないとわかっていてもだ。  それでも、そこになにか温かな繋がりはなかったのか?とシエナが考えてしまうのは、脳裏に一見冷たそうで、実はとても細やかで温かな心遣いが出来る、銀狐の大公が浮かんでいたからだ。  ぽつりと自分の心情を吐露したあとの沈黙するマージェリーに「お話とは?」とランベールがうながす。わざわざ王女がここまでやってきたのだ。女王の崩御の知らせと、国名変更の話など各国へと回す書簡で事足りる。  それにマージェリーはシエナに会いたかったと言った。その意味は? 「十六年ほど前にさかのぼります。白獅子の女子と黒狐の男子の双子が生まれたのです」  シエナは息をのんだ、これは自分達の話だ。では自分とこの目の前にいる王女は双子だというのか? 「わたくしもつい先日“魔女”の口から聞いて知ったのです」  「彼女は次の魔女を生み出すことにやっきになっていました」と続ける。 「魔女の赤い邪眼を受け継ぐものを。彼女は邪眼で臣下達を支配し、さらには自分の後継者を生み出すために、王家の女性を“借り腹”として生まれた子供達をも次々に道具とした。  獅子の男子は“飼い殺しの種馬”として塔に閉じこめて、狐族の女子は白い家へと送ったのです」  それはシエナの育ったあの白い施設だ。こうして暗殺を教え込まれた娘達が生まれたのか。  女王の治政は五十年あまり……いつの時期にその白い家も暗殺のための使い捨ての子供達が生まれたのかはわからないけれど。  それが女王の邪魔者を次々に消して、女王の王国を繁栄させたのだ。魔女の意のままに操られた多くの命の犠牲にうえに。 「わたくしの瞳は青いでしょう?」  王女の言葉にシエナはまじまじと彼女を見た。白獅子の王女……いや、女王亡き今、彼女が女王なのか。その瞳は青空の色だった。 「魔女の邪眼は生まれなかった。だから自分の代で彼女の王国を盤石にしようと思ったのです。  それゆえに隣国の大王の血をそのまま受け継いだ、王子の存在に危惧を覚えた」  「決定的だったのは、一年前の海戦。俺の初陣でサランジェが勝利したことだろう」とあとでランベールが話した。  「白の館は閉じます」とマージェリーは告げた。「魔女の呪いはもうないのですから」と、その言葉で彼女もまた魔女に囚われていたのではないか?とシエナは思った。  話は終わったとばかり立ち上がり部屋を去ろうとしたマージェリーに「お待ちください」とシエナは呼びかけた。マージェリーが振り返る。 「一つだけ教えてください。わたしの……わたしたちの両親は今、どうしているのですか?」 「わかりません」  短い返事だった。しかし、それでは足りないと思ったのかマージェリーは口を開く。 「わたくしも知らないのです。おそらく母親は白の家で育った狐族の娘で、父親は塔に囚われていた獅子族の男性でしょう」  さらに彼女は伏し目がちに告げた。 「わたくしが生まれたすぐあとに塔に閉じこめられていた、獅子族の青年は皆始末されたそうです。王位継承の争いを無くすために」  たしかに王家の血を引く獅子族の男は、ようやく生まれた女王の跡継ぎのである王女の立場を危うくするものだ。だからといって全員始末……つまり殺されたという事実にシエナは言葉を無くす。 「白の家の女子も、あそこで育った者で十七を超えて生き延びたものはいません」  みな、大人にならずに幸せな子供の幻想に捕らえられたまま死んだということだ。シエナをのぞいて……。 「わたくしからもあなたに一つ聞きたいことがあります」  自分に?なんだろう?とシエナはマージェリーを見る。彼女は伏せていた目線をあげて真っ直ぐシエナを見た。 「あなたは今、幸せですか?」  シエナはパチパチと瞬きをして、そして横を見た。ランベールが自分を静かに見ている。再び前に向き直る。 「幸せになります」  今でも十分に幸せだ。だけど、もっともっと幸せになると考えるなんて、自分はものすごく欲張りになったと、ランベールに手をにぎりしめられながら思う。  そして。 「あなたも幸せですか?」  問い返す。  目の前の年若い白獅子の女王に。  出会ったばかりの彼女と血のつながりがあるという実感はない。だけど、それでも共に生まれた彼女も魔女の呪縛から解かれた今、そうであって欲しいと思う。 「わたくしはタイテーニア国の女王です」  彼女は言った。 「前女王は民には慕われていました。小さな島国だった国をここまで富ませたのは彼女ですから。  これ以上の拡大はわたくしは望みませんが、それでも受け継いだ国を守っていきたいと思います」  幸せだという代わりに、彼女は王となると告げて、部屋を出て行った。  この後、タイテーニア国を彼女はよく守り、次代の男子の王へとゆずった。  ランベールとシエナが王都に戻ると、それよりも先にタイテーニア王国の新女王より、二人の婚約と結婚を祝う書状が届いていた。  シエナにはエイヴリング女子爵の称号に、さらに“女王の妹”を名乗る名誉を与えられた。  両国の和平がなった印とはいえ、この皇太子の婚約者への破格の待遇に、やはりシエナは一介の騎士の孫娘などではなく、タイテーニアのやんごとなき方の胤ではないか?と、サランジェの社交界では、まことしやかにささやかれた。  しかし、そんな宮廷人のかしましさなど、もうシエナは気にせずただ、「称号がもう一つ増えちゃった」とランベールにぼやいた。 「正式な署名のとき大変なんだよね。シエナ・ドゥ・シェヴァルメって名前そのものが長くなってるし、全部の爵位の称号も省略できないし、ここにさらに女王の妹……」 「その一番最初の仕事は、俺との結婚の秘蹟への署名だな」 「緊張して震えて、文字がぶれないようにしなきゃ」    ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇  王宮にある最古の聖堂にて、結婚の秘蹟を受けて、証書に互いに署名したあと、シエナはランベールに手をとられて、玉座の間へ向かう。  黄金の扉が開く。白の儀式用の衣装にマントをまとったランベールの横。シエナもまた白のドレス姿だ。ドレスから長く引くトレーンには立体的な布の小花が散らされ、いくつも縫い付けられたクリスタルのビーズがきらきらときらめく。  最奥の玉座で待つのは黄金の獅子の王ロシュフォール。こちらは緋色のマントをなびかせた堂々たる姿だ。その横に蒼のジュストコールをまとった、銀の大公レティシアが背もたれのない小さな椅子にちょこんと座る。  五段の階(きざはし)の前まできて、ランベールとシエナは足を止める。皇太子が無事に結婚出来た報告を国王にし、国王はそれに対して祝いの言葉をのべる。  そして、儀典官が捧げ持ってきた小さな赤いクッション。そこにあるティアラを手にとる。  シエナは軽く膝をおり頭を垂れ、階を降りてきた王の手から、頭上にティアラをいだたいた。艶やかに結い上げられた黒髪に、ダイヤモンドと白金のティアラは燦然と輝いた。  そして、国王が玉座に再び腰を下ろせば、レティシアの反対側に設けられた、背もたれのない椅子二つに、ランベールとシエナが腰を下ろす。  新たに皇太子妃として王族に迎え入れられたシエナに向かい、玉座の間につどいし廷臣達が、声を揃えて祝いの言葉を述べる。  国王一家はそのまま王宮の正面バルコニーへと。本日は王宮の正門は開かれ、中に入ることを許された民達が、あらたな皇太子妃の姿に歓声をあげる。  その声にシエナは笑顔で手を振る。「シエナ」とランベールに呼びかけられて彼のほうを見る。視線が重なり微笑みあう。 「幸せになるぞ」 「うん」  「今も幸せだけどね」という言葉は重なった二つの唇の中に消えた。  民の歓声がいっそう大きくなる。  これを隣で見た国王陛下が「俺達も負けていられないぞ」と大公殿下の華奢な身体を軽々抱きあげて、同じように口づけたところで、いっそう民がもりあがったとか。  さらに「あなた、ご自分と私の歳を考えているんですか!」とあとで怒られたまでがご愛敬だ。  妻である大公殿下に叱られてしょぼくれる大王の姿に、シエナは目を丸くし、ランベールと再び顔を見合わせて、くすりと笑いあった。    END
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